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奪い合う1


 自分がその人と言葉を交せたのはいくつかの偶然が重なって実現したことだと思えば、運命と言えなくもないと思う。
 西谷がのぼせ上がった頭で導き出した答えは、そういう事にしておけという結論だった。自分の単純さに感謝して、前しか見ないことに決めたのだ。



「澤村、なまえが呼んでる」
「おう!」
「ごめんね、澤村。明日でもいいかと思ったんだけど」

 なまえが第二体育館に顔を出したのは、夏休みが終わった9月の初めの頃だった。春高に向けて照準を合わせていたバレー部は、この日も遅くまで何人も残っていて。
 自主練に切り替わる合間のことだった。遠慮がちに少しだけ扉をあけて、近くの潔子に呼びかけた女に気付いたのは。

「スガさん!誰っすか?」
「みょうじじゃん。大地と委員会一緒だから、それ絡みじゃないの?」
「背ぇたけー……」
「大地さんと並んでても迫力すげーっス」
「あはは、それ大地の前で言うの禁止な?こないだだってからかい目的のやつ……」

 水分補給などで集まっている連中がそのまま会話をしていた中で、馴染みのないなまえは格好の話のネタだった。
 西谷もその容姿を目で追いながら、タオルを首にかけて菅原の話に耳を傾けている、そんな時だ。

「スガ!」
「うおっ!」
「声がでかいんだよ、お前は……やるならこっちに聞こえない様にやんなさいよ」

 こちらの雑談を黙らせるだけの大声を恥じたのか、大地の口調はゆるやかなもので。それが逆に怖いということを本人はきっと知らない。
 西谷は肩を竦ませながら大地を見て、それから隣にいるなまえを見た。驚いた顔をしてこっちを伺っている彼女は、ややあって悪戯を見つけた子供の様な表情に変わる。

「っぷ、キャプテン怖いって」
「お前も笑うんじゃないよ」
「やっぱり明日にした方が良かったかな?」
「いや、助かる!みょうじが知らせてくれなきゃ俺ももう一人も絶対気付いてないしさ」

 和やかに会話を繋げる二人には、見えない壁の様な靄がかかる。西谷はドリンクを飲み干しながら、そんな風に考えていた。



 体育館でなまえを見かけてから数日後、再び彼女を見かけた西谷は驚くことになる。校内の中庭で、けして小さくはない声で修羅場を演じていたからだ。
 相手に手首を掴まれたまま、嫌悪感を露わにするなまえ。その顔は大地の隣にいた時とは別人に見えて、僅かに西谷の反応を鈍らせた。

「痛っ、悪いけど本当に……」
「頼むよ!1回だけでいいから」
「だから、本人に言ってよ」

 どうやら大声を出しているのは男だけで、彼女は至って冷静だ。しかし相手にその声が届いているかはあやしく、腕が痛いのか顔を歪めていた。
 男は必死に何かを説得している。頼み込む形で告げられたそれが、なまえへ向けての言葉でないことを聞き取った時、二人へ向かって足が勝手に直進していた。

「しつこい男は嫌われるんだぜ?」
「はぁ?何だこの、チビ!」
「あああああ!お前は俺に一番言っちゃいけねーこと言った!」

 止めに入るつもりが、自分自身が相手を煽ってしまう。身長のことを言われては黙っていられなかった。こんな筈じゃなかったのに。
 心の何処かで後悔しつつ、なまえに背を向けて後ろへ押しやった。それでも彼女の方が背は高く、隠しきれてはいないだろう。
 男も自分を透過して後ろのなまえを見ている。西谷は睨みつける格好を崩さないが、後方から聞こえてきた溜息には自分への戒めも含まれている気がした。

「ちょっと、落ち着いて。いくら頼まれても私は引き受けないから。とにかく諦めて」
「そうだそうだ!何か知らねーけど帰れ!」
「……ち」

 男は去り際まで悪態をつく。それに応酬しようとしたところで、なまえから止めろという制止の手が伸ばされた。
 やんわりと半端に振り上げていた利き腕を掴まれる。思ったより柔らかい指先に、向き合う格好になっても感触が消えてくれなかった。

「あ、の。ありがとう。澤村のとこの……」
「西谷夕です。なまえさんは大丈夫っすか?」
「なんで、私の名前?」
「潔子さんがお話されていたからです!」
「ああ、そっか。西谷くんは潔子ラブなのね」

 納得しながら笑う女は、しかしどこか儚げに見える。改めて並んで比べると背が高く、棒のように細い。骨太の自分とは骨格からして違い過ぎて、西谷は首を傾げた。
 先程から、体の曲線を往復してしまう自分の視線のやり方に。人をジロジロ不躾な位見てしまうのは西谷の癖だが、それに怯まないなまえにも驚いていた。

「あの、聞いていいスか?」
「さっきのこと?私の親友を紹介して欲しいっていう無茶な要求だよ。断ったのにしつこくて、ね」

 尚も笑顔を崩さないなまえに、違和感。そして先程とは目線が微妙に下がってきていると気付いたのは、彼女の姿勢を見て確認した後だった。
 美しいまでに伸びていた背筋が、何時の間にか猫背になっている。自身より背の低い西谷を気遣ってのことか、それがなまえの癖なのかは分からない。
 それでも大地の隣にいた時のことが網膜に圧倒的な光量をもって浮かんでくると、それは無理矢理にでも西谷に答えを迫らせた。

「それ、やめていいですよ」
「え?」
「なまえさんがああいうヤツに慣れてるように、俺は見下ろされるの慣れてるんで」

 相手にきつく響かない様に留意していることを、自分の声の柔らかさで自覚する。気付くと途端に恥ずかしくなって、西谷が顔を背ける羽目になった。

「ありがとう、西谷くん。君は強いね」
「どういう意味ですか?」
「ありのままの自分を認めるのには勇気がいるから。私が猫背なのは西谷くんを気遣ってのことじゃなく、自信の無さの表れなの」
「でも!大地さんといた時は綺麗に伸びてた、じゃないっスか」

 捨て去った選択肢を掘り起こされた気がして間髪要れずに反論すれば、語尾は小さくなっていく。恐らく友人であろう二人と、さほど面識のない自分たちの関係性を比べてしまった。
 なまえはどう思ったのだろう。瞬きを繰り返して穏やかに微笑んだ顔には、年上としての余裕ばかり目立って気に食わない。


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