知らしめる2


 ここに来てようやく照れくさそうにした澤村に、早合点した自分を呪った。なんだ、結局澤村だって他の男と変わらないじゃないか。
 そう思ったけど、澤村に言われるままについて行った。大勢いる前だと話しにくいというので、きっとそういう事だろうと思う。
 澤村がちょっと喋った位で逆上せ上がっている女は、彼氏がいるのにあんたのトコの1年生の眼鏡くんがお気に入りなのよって。
 それも意図的に避けられてから気になって仕方ないなんていう、面倒な女なんだから、なんて。友達じゃなくなってもいい。全部ぶちまけてやろう。そう思った。

 入ったのは4組の教室の更に奥のバルコニー。放課後の教室にも誰もいなかったのに、風が気持ちいいからという理由で澤村は外を選んだ。
 柵に寄りかかってから伸びを一つ。澤村は気持ち良さそうにして、それから光を避ける様に目に手を翳した。キラキラとして綺麗だ。
 まるでご機嫌を取ろうと近づいてくる他の男子と違い過ぎて、余計なことを自分から口走りそうになる。

「澤村、私の親友のことなら……」
「あ、そのことだけど。お前さぁ、それ」

 とんとんと指で空を叩く動作をされて、何のことか分かりかねると抗議しようとした。けれどその前に、澤村の指が伸びてきて私の眉間を小突く。
 皺、と小さく呟かれて、自分がいかに醜い顔を晒していたのか自覚すると恥ずかしくなった。

「なんか表情暗かったぞ?委員会行く前も最初は普通だったのに途中からおかしいし、もしかしたら友達に言いにくいことなのかと思ってさ」
「ごめん、感じ悪かったね」
「そうじゃないだろ、気になるって言ってるんだよ」

 怒った様な言い方に吃驚して瞬きを数回。こいつ仕方ない奴だな、そんな風に溜息を吐き出す澤村に、私の理解が追いつかない。

「気になる、ってアレでしょ?朝一緒にいた私の友達……」
「みょうじ、あの子のこと苦手なのか?大体一緒にいるし、嫌いってことないんだろうけど」
「嫌いなワケない。親友なの」
「そうだな。でもお前、しんどそうに見えるんだ」

 ふわりと風が私の前髪を撫でる。慌てて押さえた手は澤村の視線から目を逸らす建前にはなったけれど、解決にはなっていない。
 澤村はきっとこっちを伺ったままだ。親友にすら上手く隠していたことを勘付かれた。気付かれていたら、とっくに愛想つかされて離れられているはずだから。
 それに隠さないといけなかった。こんな負の感情は低俗過ぎて、引き立たせ役の私がますます顕著になるだけだから。

「澤村に、関係ない」
「そう、なんだけど。みょうじは友達多いだろ、道宮とかといる時も普通に楽しそうだし、だから」
「だから何?私にあの子の傍離れろって言いたいの?誰かにそう頼まれた?」
「……みょうじ?どうした?」

 汚い、醜い、辛い、痛い。澤村がそんなに裏表のある奴になんか見えないのは知っている。自分が腹の底に抱えている部分が黒くて汚いからって、他人にもそれを期待するのは間違いだ。
 だって、彼女も。全部計算なんかじゃないんだもの。彼氏がいるのに違う人に揺れているのも、不安や淋しさがあるからで。
 どうしたらいいの、こんな私は卑怯かなぁなんて。可愛い顔で悩みを打ち明けられたら、もっと醜悪な心を持っている私なんか。見せられる訳がない。

「あのさ、俺。思うんだけど。隠したり無理したりする必要ないんじゃないかなって」
「澤村が言いたいこと、全然分かんない」
「不満があるなら本人に言ってみろよ?我慢しても顔に出るなんて、よっぽどだと思うぞ」

 澤村の手が少し空を彷徨った後、私の頭に乗せられて。優しく前後に動くそれに、抵抗する気もなく温かいと思ってしまった。
 睨み付けていたはずの澤村のシャツのボタンが滲んでシャツと同化していく。唇を噛み締めて耐えていたけど、次の言葉にそれは無駄な努力になった。

「告白とかも、直接言えって言ってもバチ当たらないと思うんだよな。当人同士が何とかする話でみょうじが負担に感じる必要ないし」
「……知ってたの?」
「あー、すまん。今日の、このクラスのヤツでさ」

 彼が謝る理由は何一つないのに、手を合わせた所為で頭から大きな優しさが遠のく。彼女が遠恋を淋しいと感じてしまうのは、こういうことなんだろうか。
 他人の温かさというものは、体よりずっと心に響く。私がボロボロ涙を零しているのを見て、澤村は慌ててハンカチを貸してくれた。
 目頭を押さえながら澤村を見ると何故か照れている。恥ずかしいなら余計なことに首突っ込まなきゃいいのに、本当にお人好しだ。

「ごめん、私、ちょっと心が荒んでた。男子からは友達紹介してばっかりだし、ほら私にはこれ。女の子から」
「ら、ラブレター?モテますね、みょうじさん」
「何ソレ喧嘩売ってんの?」
「いやぁ。俺貰ったことないし羨ましいとか思ってもいいだろ、無いよりいいぞ、絶対!」

 当たり前みたいにそう言うから、何だか気が抜けてきた。澤村みたいにしっかりしていて真面目に見える人でもラブレター貰いたいとか思うんだ。

「私も、男の子にモテたい。比較されるばっかじゃなくて、自分を見てもらいたい」
「おう。それって別に普通のことだろ?無理して隠すことじゃないよ」
「そっか。私あの子に、羨ましいばっかり思ってた。勝手に劣等感抱いてた」
「だから!そこまで追い詰めた思考になる必要ないんだってば。不器用だな、みょうじ」

 まさかそんな事を澤村に言われるなんて。そんな風に思うのに屈辱とはかけ離れたところにいて、重苦しい気持ちは薄らいでいた。
 お腹周りを摩ってみる。どろりと溢れたはずの黒い感情は、また蓄積することがあるかもしれないけど。口に出すと楽になると分かっているのは大きいと思った。

「澤村、ありがとう」
「……っ!おう」
「頑張るよ」

 彼女を羨ましい気持ちばっかりで、自分で何か行動を起こしていたか考える。黙っていても誰かに好きになってもらおうなんて甘いのだ。
 だから、努力しなくちゃならない。別に凄くモテたい訳じゃない。彼氏が出来て彼女の仲介を頼まれる回数が減ったり、彼女の話を聞くばかりでなく相談したりしたいだけ。
 彼女と対等でありたい。やっぱり私は、彼女が好きだから。

「みょうじ、笑ってる方がいいよ」
「どうしたの?澤村」
「だから、楽しそうに笑ってる顔がいいって思うから。そうしたらすぐ、うん」

 咳払いをして手で口を覆った澤村の表情が見えなくなって、覗く耳が僅かに赤い。そんな反応をされたらどうしていいか分からない。
 でも、澤村が嘘を言うような人間には見えないから。ここは素直になった方がいいってことなんだろう。彼女ならこういう時、きっと綺麗に笑うから。

「うん。澤村のおかげで助かった」
「おう!じゃあ、部活行くわ」
「頑張ってね」
「はは、サンキュ」

 片手をあげて立ち去る姿まで爽やかなバレー部キャプテン。ラブレターなんて貰ったことないって言うけど、きっと隠れて本命の子は沢山いるんだろうな。
 でもわざわざ教えてあげない。澤村はどうせそんな事言っても信じないと思うから。撫でられた頭に手を当てて、こみ上げてくる嬉しさを隠す暇もなく笑った。
 明日の朝、私はきっと彼女に心から笑顔でおはようと言えると思う。



***end***

20140628


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