知らしめる1


「あのさ、みょうじ」
「悪いけどあの子の仲介なら出来ないから。本命の彼氏いるからね?」
「遠恋って聞いたけど」
「ちゃんとラブラブで彼氏も格好良いからね、残念。はい、終了」

 人目も多い昇降口で、男子に声をかけられたと思ったらコレだ。私の親友は学校ではよく私に引っ付いているので、一人の時を伺っていたんだと思う。
 相手は口を尖らせて不満を隠しもしなかったけど、しつこい奴じゃなかっただけマシと思うことにした。目線を戻して下駄箱から上履きを取り出そうとする。
 その中に女の子からと思われる可愛らしい便箋が入っていて、今度はこっちかとベタ過ぎる遣り口に眩暈を覚えた。

「なまえ、おはよー!」
「結、おはよ」
「あー、また女の子から手紙貰った?」
「うん。男からなら良かったのにね」
「またまた!そう言ってちゃんと返事するんだもん。手紙送っちゃう子の気持ち分かる」

 朗らかに笑った結は、私の肩をポンと叩く。こういうことに関して引かれたりすることもあるから、気にしないでいてくれる結の優しさが嬉しい。

「でも何で私なんだろ……それこそバレー部の結とかの方がモテそうなのに」
「私は駄目!なまえみたいに足細くないし!」
「部活頑張ってきたからでしょ?」
「あはは、ありがと!」

 私は昔から演劇で推薦されるなら、ヒロインじゃなくて王子様役だった。背も高いし、声も低めだし、小学生の頃なんか男子より喧嘩が強かったくらい。
 それでも高校生になれば自然と彼氏が出来るんだろうと信じて3年。待つだけで次から次へと男が寄って来る様な美人は、滅多にいなくて。
 そんな美人ならとっくに素敵な彼氏がいるのだということを、気付けば私の隣にいつもいる親友に嫌という程教えられた。

「なまえちゃん、結ちゃん」
「あ、おはよー!じゃあ、私こっちだから」
「またね、結」
「おはよ、何の話してたの?」
「これこれ。またきたの」
「わぁ、ラブレター?」

 綺麗に笑う親友に、ついでにあんたに言い寄ろうとする男の心もへし折っておいたとは言わない。彼女には格好良い彼氏がいてすごくお似合い。
 写真しか見たことがないけれど、色素の薄い目のくりっとした格好可愛い人。そこら辺の男じゃ揺さぶりの材料にもならないと思う。だけど。

「なまえちゃん、モテるよね」
「女にね。ってかあんた程じゃないから」
「私?そんな事ないよー?」

 クスクスと笑う顔が嬉しそうに見えるのは、勝手な憶測かもしれない。それでも長年親友として隣に居続け、今までの彼氏を見てきたから分かること。
 今の彼氏は恐らく、とても良い人で敏感で強く支えてくれる人なんだと思う。彼女は弱く、儚く、脆い。惑わされやすいし騙されやすい。
 この不安定さが男は堪らないのかもしれない。私は女だから、その感性は持ち合わせていないけど。彼女の抱える漠然とした不安が、男には割り込む余地として映っていることは確かだった。

「みょうじ、おはよう!」
「澤村、おはよ……」
「なんだ?元気ないなぁ」
「なん、でもない。何?」
「何ってお前なぁ、挨拶くらいしたっていいだろう?」

 内側に深くなっていく思考を引き摺り起こされて、澤村に向けた顔に何が映っていたんだろうか。彼は心配してくれる素振りを見せて、頬を掻きながら笑っていた。
 今の私、かなり失礼な態度じゃなかったかな。そう思うと申し訳なくなって、慌てて口を開いて弁明を述べようとする。

「ごめ……」
「おはよー、澤村くん」
「あ、ああ。おはよう」
「バレー部って朝練あるんだよね?」
「よく知ってるなぁ、そうだよ」

 言いかけた言葉は音にはならずに、体の奥へと戻されていく。二人のやり取りを眺めるだけの自分が、酷く邪魔なものに思えた。
 ゆっくりと一歩、後退する。男子が声をかけてくる理由の大半は、私を媒介にした親友への手段で口実。そのことが頭から離れなくて、つい卑屈になってしまう。

「そういえば澤村くん、バレー部の1年生で月……」
「あ、おい!みょうじ!今日委員会の場所、2年2組の方に移動な?」
「……え?」

 私の背中越しに声が届いて、振り向くとこっちをしっかり見ている澤村。たったそれだけの事に安心してしまうなんて、私も親友を不安定だなんて言えないくらいおかしい。
 見つめたまま黙っている私をどう思ったのか、澤村は首を少し傾ける。可愛い子のおしゃべりを遮ってしまうなんて、女子からしたら減点って言われちゃうよ。
 そんなくだらない皮肉が頭を掠めて、つくづく自分の可愛げの無さに辟易した。

「ありがとう、知らなかった」
「悪い、これ伝えに来たんだよ。また放課後な!あっと、すまん。何か言ったっけ?」
「あ……ううん。いいの」

 女の私から見ても可愛いと溜息が出てしまうような笑顔で、小さく手を振った親友を見つめる。澤村が自分のクラスへと戻っていくのを見送りながら、良い奴なんだけどなぁといらぬ心配をしてしまった。



 放課後に支度を済ませて教室を出ると、後ろから声をかけられた。

「みょうじ、行くか」
「あ、澤村。はりきってるね」
「さくっと終わらせて欲しいからなぁ、5分前行動は基本だろ?」

 澤村はこういう所、本当にスポーツマンの鏡だなと感心させられる。バレー部の主将で進学クラスなんて忙しいだろうに。委員会まで手を抜かないのが彼らしい。

「さーすが、キャプテン」
「からかうなよ。色々あるんだぞ、ウチは只でさえ教頭に目、付けられてるからな……」
「あはは、部活禁止の話もヅラの話も結から聞いた」
「おい、あんまり話広めるなよ?」
「どうしようかな?」
「そんな事言って、みょうじが口固くて信用おけるのは知ってるからな!」

 因みに私と澤村はかれこれ3年間ずっと同じ委員会で、気さくに話かけてくれる澤村はとても有難い存在だった。
 でもそれも今日までかもしれない。横に並んでいるのにじわりと右肩が緊張感に包まれる。今まで親友と会わせないように努めていた。
 彼女と接点を持つと、澤村が彼女を好きになってしまうかもしれないから。紹介してと言われるのも嫌だし、利用されるのももう嫌だった。
 それに、こんな形で私と普通に接してくれている友達を失いたくない。私は祈るような気持ちで鞄の端を握りしめながら、委員会活動のクラスまでを歩いた。

「……というワケで、各自配布されたプリントを参考に……」

 委員会はいつもの様に淡々と進められる。終わりが近づくとそわそわし始める生徒が多いのは、部活動に所属している人が多いこの委員会の特徴だ。
 私は司会の副委員長が終わりの合図を告げても、しばらく席から動こうとはしなかった。澤村はきっと、すぐに部活に行きたがるだろう。
 こうやって時間をずらしてしまえば、今日はもう会話をしなくて済む。そう思っていたのに。

「みょうじ、ちょっといいか?」
「澤、むら……」

 机の落書きに落としていた視線を上げると、目の前に澤村が仁王立ちしている。その顔が複雑な表情をしているのを見て、ぼんやりと考えていた結末に疑問が流れ込んだ。
 彼女を紹介してほしい、そういう単純なものではない気がした。いつも私にその無謀なお願いをしてくる男子は、顔は違っても皆同じ表情をしているから。

「部活、急ぐでしょ?」
「あー……のさ、俺個人的な感情だからアレなんだけど。少し話せないか?」


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