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止められない1


 電話越しに聞こえた彼女の声は、優しく笑ったように息を吐く。そうしてたっぷりと間を空けてから、「分かった、仕方ないよ」と納得した。
 俺は東京、彼女は仙台。この距離は確実に俺達の間を隔てていて、大切でちっぽけなものを確実に絡め取っていく。
 分かっていてもまだ高校生の身分である俺は無力で、この距離を一瞬で縮める方法なんてなくて。納得してくれたなまえに安堵しつつ、矛盾した感情は寂しさを引き出す。
 もう一度謝ってから会話を終わらせて、さっきまで確かに繋がっていた携帯に向かって聞かせられない溜息を吐き出した。



「あー……うー……」
「どうしたんですか?夜久さん」
「大丈夫か、夜久」

 リエーフに言われるだけならまだしも、海に表情を伺う様に追随されて俺は少したじろぐ。部室で変な声を漏らしていては、誰だって気を回すよな。
 申し訳なくなって何でもないと手をかざせば、ニヤリと笑った黒尾が上半身ごとこっちを振り向いた。

「今日の朝練、珍しく上の空だったな」
「そん……いや、そっか」
「大丈夫ですかぁ?夜久さん」
「ん、ごめんな」

 含みを持った黒尾の顔とは違って、真剣に心配してくれる柴山の頭を撫で回しながら応える。こちらに視線をやった研磨が、何かを言いたげに口を尖らせたのが見えた。

「何スか!悩みっすか!」
「山本、うるさい」
「そういえば、すごい携帯気にしてますよね!」
「めざとい犬岡!しかしでかした!」

 言うが早いか、地面を遠慮もなく蹴り込んだ山本が飛び出してくる。狙われた携帯をさっと椅子から避ければ、前のめりのままロッカーに突撃した。
 マジでコイツは馬鹿だ。

「お、夜久の彼女可愛いな」
「げっ!黒尾!」
「ロックかけてないお前が悪い」

 理不尽なことを言いながら指をタップさせて、人の携帯を眺める黒尾。その体に向かって足蹴りを繰り出したら、さらに携帯が黒尾からリエーフに渡った。

「おおお!こんな美人なら俺が見逃すハズないのに!」
「うるさいぞ、リエーフ。それに夜久の彼女は遠距離だからこの学校にはいない」
「さらっと言うな、海!」

 この場を落ち着かせようと言ってくれたつもりでも、海の口から情報がポロポロ零れている。遠距離だってことは知っている黒尾は、俺の慌て方が楽しいのかさらにだらしない顔をした。

「か、か、彼女!っスか!」
「遠距離って凄いですねー!」
「何が?っていうか、色々大変なんじゃない……」

 山本は置いとくとして、犬岡の感心した様な声に研磨の静かな声が重なる。その声を聞きながら、ふと研磨が俺の幼馴染と同じクラスだったのを思い出した。
 少しだけ訪れた静寂は、しかしそれで話題の終了を告げる合図ではなく。楽しそうな黒尾の声が場の空気を混ぜ返した。

「遠距離かぁ。誰かに取られたりとか、心配だな」
「おおおお!?」

 挑発的な言葉はわざとだって分かっている。それに山本の奇声も意味がないことは重々承知だ。それでもこの言葉しか思いつかない辺り、俺は漠然と不安なのかもしれない。

「うっぜ、黒尾、ボケ!」
「はーん、不安だったりして」
「クロ、止めなよ」
「彼女でもない女の長話ずーっと聞いてるだけのお前にだけは言われたくないわ」
「……夜久、てめっ!」

 大人気ないと分かっていても、挑発には挑発で返してやった。俺が彼女と遠距離だって知られている様に、黒尾の話もそれとなく知っている。
 しかも、向こうはなかなか会えない上に付き合っている訳ではないらしいから、これは挑発というより攻撃に近い。
 黒尾がこれ以上は追及して来ないと悟って、ヘッドロックを甘んじて受け入れてやった。



 部活の連中は何だかんだと心配してくれているのは知っているし、バレーに集中していれば時間なんか全然足りない。だから俺はいい。問題は、彼女の方。
 大丈夫と言ったって、なまえがそんなに強くないことを俺は知っていて付き合っている。元々仙台に引っ越すと分かっていて付き合おうって言ったのは俺だ。
 大学は東京に行くからって言ってくれたけど。今は精々、月一で会えたらいい方で。こないだのGWだって合宿の合間に会えただけ。
 6月はIH予選で、7月も試合や合同合宿で。約束していたはずの土日に練習試合が入ったら行けなくなってしまった。
 それも、約束を反故にしたのは初めてのことじゃない。

「くああああ!リエーフ!レシーブ練!」
「ぎゃ!夜久さん、八つ当たりは止めてくださいよー!」

 IH予選でベスト8止まりだった俺達3年に、チャンスは残り一回だけ。1月の春高まで残ると自分で決めたから、休める訳もない。
 彼女も理解してくれている。でも理解してくれていることと、納得してくれていることは別物だ。7月は会えるよと言った時の声を思い出す。
 本当か何度も確かめて、電話越しで泣いていた。嬉しくても泣くなまえのことだから、きっと今回だって泣いているに決まっている。
 でも、その涙を拭ける距離に俺はいない。

「今日も大荒れだったな、夜久」
「うるさい!俺はいい……ん?」

 練習終わり、ロッカーに置きっぱなしになっていた携帯が震えていて彼女からの連絡だと知る。部室だし出るのはどうしようかと一瞬躊躇って、制服のボタンを留め終えた。
 ネクタイはこの際諦めよう。鞄を抱えて部室から出ながら携帯を耳に押し当てる。けれど、繋がったはずのそれからなまえの声が聞こえてくるのに時間を要した。

(衛輔、くん)

 連絡を毎日していたって、声を聞かない日がなくたって。お互いの顔を合わせて体温を感じていないと分からないことがあるんだと。
 俺は今更に思い知らされる羽目になった。

「なまえ、何、どした?」
(……ったい。会いたいよ!)

 電話越しに聞こえてくる嗚咽で、後はもう、言葉にはならない。それを聞いているだけの自分が、この何千キロもの距離が。
 憎らしくて堪らないのに、無力で悔しかった。昨日まで笑って俺のくだらない話を聞いていてくれたのに。バイバイって言う時まで、明るかったのに。
 ああ、もう、やっぱり。無理して振舞ってくれていたんじゃないか。

「今、どこ?家?」
(……うん)
「行くから待ってろ」
(え?もり……)
「ごめん、走るから切る」

 我慢させていた、とか言うけど。俺だって我慢していた訳で。そんな声聞いたらもう、居ても立ってもいられなくて。
 練習終わりで限界に近かったはずの体に、早く進めと促した。何回も通った道だから、行き方も時間も分かっている。
 間に合うかはギリギリだってことも。けれど、それでも走るしか思いつかなかった。


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