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停滞する2


 山口は怒っている様な声だったけど、廊下に飛び出して階段を駆け上がって、行き場をなくしている私には温か過ぎる。
 その場に座り込むと、素足に冷たいコンクリートの感触。横に少しだけ隙間を空けて山口が一緒に座ってくれたのを、投げ出された足を見て理解した。

「私、馬鹿みたいだよね」
「そんなこと……」
「分かってたのに。月島は追いかけられるより追いかける人だって」

 月島の捻くれ屋は知っていた。だから素直に好きですって言われるより、厄介なタイプを好きになるんだろうなって思っていた。
 そこまで気付いておきながら、考えるのを放棄した。今も、受け止められないでいる。月島にあんな必死な声をぶつける相手がいるなんて。
 いくら美人な子が告白したところで靡かない筈だ。だってあれは本気の声だった。でもきっと、月島も敵わない恋をしている。

「誰かを好きなんて、思ってなかった」
「なまえちゃ……」
「女の子で一番仲良しなのは、私だって思いあがって。その上に胡坐かいてた」
「それは!本当に仲良いじゃんか」

 私のみっともない姿を露見させてなお、山口はまだ優しい。声が萎んでいくのを感じて、本当にそう思っていてくれるんだと伝わってくる。
 でもごめんね、私、山口に優しくして貰えるような女じゃないの。

「私、自分のこと大嫌い!見栄張りで嘘つきで、傷つくのが怖くて」
「……」
「月島に告白する女の子に同情するフリして、誰かが振られる度に安心して」
「それは……だって!」
「こんなに卑怯者なのに、好きになってもらえる訳無いのに!今も、本当は……!」

 気が付けば、私の目の前に壁。その壁は柔らかくて息をしていた。泣いて取り乱していたのは私の方なのに、山口はブルブル震えていて。
 それなのに優しく、優しく抱きしめてくれていた。

「やま、ぐち?」
「分かるよ、なまえちゃんは今も。ツッキーが大好きなんだよね?」

 誰かに知って欲しい。例え月島に想いが届かなくてもいいから。いつか叫びたくて止まらなくなる前に。私がこんなに、こんなに。

「う、ん……月島が、好きぃ。好きだよ」
「知ってる。分かってるよ」
「好きだったのに、言えなかった!」
「うん、うん」
「友達じゃなくなるの、怖い……よ」
「俺も怖いよ。なまえちゃんの気持ち、分かるよ。だから卑怯者とか、言うなよ」

 私の涙を吸った山口のシャツが、染みを作って重くなる。それでも山口は私を抱きしめ続けて、離そうとはしなかった。
 この腕の中は心地良過ぎて、抜け出したくなくなる。だって泣き腫らした顔もこの気持ちもぶつけるべきは月島なのに、私はきっと伝えられそうにない。

「山口、ごめんね」
「いいよ。俺、傍にいるよ」
「ごめんね、月島には言わないで」
「言う訳ないじゃん……言えないよ」

 それでもって、私はすごく臆病な人間だから。震えながら支えてくれる山口の、気持ちを推し量って決め付けるなんて出来ない。
 月島と友達でいられなくなるのも怖いけど、山口にだって同じことが言えるから。

「う、っふ、く……ぅう、」
「俺はツッキーもなまえちゃんも、大好きだから」

 山口の言ってくれる大好きが、震える様に絞り出されるのを聞いた。それはあの、図書室で盗み聞きしてしまった月島の声と同じくらい、必死に伝わってくる。

「ごめん、ね、山ぐ……」
「離れちゃ駄目だ」
「……っ!」
「今はツッキーのことで頭がいっぱいで泣いてればいいじゃん」

 背中に回された手に力が篭められて、胸板に頬が押し付けられた。鼻水が制服についてしまうと手で押し返そうとしても、ちっとも動かない。
 すぐ近くから聞こえてくる山口の心音は、痛いくらいに波打っていた。山口は今どんな顔をしているんだろう。気になって顔を上げても、首筋しか見えない。
 それを良い事に、私は残酷な言葉を吐く。ごめんね、山口。真っ向から言う勇気はきっとない。これは山口を利用していることになるのかもしれない。
 でも、貴方と友達でいられなくなるのも、月島と友達でいられなくなるのと同じくらい。もしかしたらそれ以上に、怖いよ。

「私も山口が、大好き」
「……へへっ」
「まだ傍にいて」
「いるって言ったの俺じゃん。なまえちゃんが嫌って言うまでいるから。だから……」

 痛いくらいに締め付けられていた腕の力が弱まって、肩を持たれて立たされた。ちゃんと見ることの出来た山口の顔には、薄っすらと涙が光っている。
 ああ、醜い私の泣き顔と違って、なんて綺麗に泣くんだろう。そんな感想を持つといつの間にか涙は引っ込んでいて、ズっと間抜けな音を立てながら鼻を啜った。
 その音に小さく笑った山口の頬に赤みが差している。ゆっくりと伸びてきた指が私の目元を拭って、両方を確認してから笑って言うんだ。

「だから俺の事は試さなくてもいいよ」
「……あの、山口」
「でも俺にも可能性くらい、残させて」

 いつもハの字に下がっていることの多い眉が、今は違っていて。目も逸らされることはなくて、私の方が逸らしたいくらいだった。
 私は馬鹿だ。山口は最初から、逃がしてくれるつもりなんかない。それもとびきり都合良く、心地よく、私の意志で選べる様に。

「残しといてくれるなら。ツッキーのことで頭いっぱいでも、傷ついて泣いても、八つ当たりされてもいいから。なまえちゃんがここにいる理由は何も考えなくていいよ」

 堂々巡りで考えてきた全てを放棄していいと言われては、もうどうしようもない。また溢れてくる涙は、月島のことを想ってのものじゃなかった。
 私は本当にどうしようもない卑怯者だ。それでもいいと言ってくれるなら。まだ月島を好きでいてもいいと肯定してくれるなら。

「山口、やまぐちぃ、」
「あはは、おいで?」

 余裕があるような言い方をしておきながら、ぎこちなく手を広げた山口は笑って。最後にはやっぱり眉をハの字に下げた。
 私はきっとこれからも、月島に傷ついて山口を傷つけてしまうだろう。



***end***

20140603


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