×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


踏み出す2


(でも、何処にいるかも分かんないんだけどね)

 時刻は放課後で、帰宅する人間の流れに逆行していた。毎週月曜日に必ずバイトにいる訳ではないから、もしかしたらまだ学校にいるかもしれない。
 その程度の望みしかないのに、よく行動に移したものだと思う。一応言い訳の為にと持ってきた封筒が、罪悪感に重みを増していく気がした。

「あのー、及川さんですよね?」
「あー……こんにちは」
「「こんにちはー!」」
「本物だー!」
「何してるんですかー?」

 悪意のない質問であるのは明白なのに、及川の良心に突き刺さる。本当に自分は何をしているのだろう。みょうじと約束を取り付けた訳でもないのに。
 制服姿が見たかったとか、あの店の外で会いたかったとか。思えば下心を含んだ理由なんていくらでも挙げられる。
 それでも真っ先に頭に浮かんだのは、ただ。冗談にしか捉えられていない自分の気持ちを、ぶつけて分からせてやりたいという気持ちだけだった。

「後輩にちょっと届け物を、ね」
「そうなんですかー!」
「体育館って何処かな?」
「バレー部なら、第二体育館ですよ」

 頭の中で考えたのは一瞬で、すぐに笑顔を添えて立て直した。封筒を傾けて質問をすると、何も疑われていない事に安堵する。
 案内すると提案されたのをやんわりと断って、道順だけ聞いて歩き出した。少し一人になりたい。勝手に敵陣に乗り込んできておいて、余裕の無さに膝が笑った。

(うわー、もう。適当に飛雄からかって後は帰ろう)

 大きめの小石を蹴って、地面に向けて舌打ちを一つ。誰にも見られていないそれは、有耶無耶の内に空気へと溶けた。

 それでも、もし神様というものがいるなら、そんな及川の行いに何かの審判がくだされたのかもしれない。目的地に着こうかという所で、見つけてしまった人。

「みょうじ、ちゃん?」

 体育館の出入口を見つめながら、立ち尽くしている少女が一人。バイトの時とは違って髪をおろしていたけれど、すぐ分かった。
 小さく漏れ出た声は届くことがない。それ程、みょうじは一心不乱に前方を見つめ、周囲への注意力が低下しているようだった。
 横から見ていた及川は自然な動きで建物の影に隠れる。漠然とした不安と焦燥が、自分の心拍の回転を早めた。
 一心不乱に扉を睨みつける。あれだけ熱の篭った視線を浴びておいて、心底どうでもいいという表情をして現れたのは、背の高い眼鏡の男だった。

「何の用?」
「あの!私!月島くんが好……」
「あのさ、部活中なんで」
「あ、そ、ごめんなさ……」
「後でも今でも答えは一緒だけど。こういうの、本当困る」

 途中から予想出来ていた最悪の結末は、ものの数秒で訪れる。瞳を揺ら揺らと彷徨わせたみょうじは、目の前で扉が閉められたことにも気付いているか怪しかった。
 ゆっくりと蓄積していくのは後悔の念だけだ。こんなものを見に来たかった訳ではない。ただ、彼女がどんな風に過ごしているか。あの店以外の情報を得たかっただけなのに。
 事態は思わぬ方向に転がり、それを目撃する羽目になってしまった。やはり、これは罰なのかもしれない。及川はゆっくりと力の入っていた肩を降ろした。

(そっか、そういう事か)

 バレーに拘ったのも、みょうじが露骨な好意を気にも留めないことも。決定的に見せ付けられて、漸う全て合点がいった。
 そんな事も気付けないくらい、及川は盲目的に見ていた訳だ。あの狭い空間は、自分を鈍らせる暖かな場所だった。



 食事と一緒にと注文したコーヒーは苦々しく広がる。運んできた張本人は今日もにこにこと笑っていて、あの日の泣き出しそうな面影もない。
 そのことに何故かほっとして、同時に胸が緩やかに締め付けられた。一方的にみょうじの一面に触れたのに、待ち望んだ感情を得られることはない。
 代わりに、この先。及川はみょうじに、あの時の気持ちを追及することが出来なくなった。

「みょうじちゃん、いつもありがと」
「いいえ、仕事……」
「仕事ですからって、言うんでしょ?」

 それでも、自分の気持ちが消えてなくなることは無い。色素の薄い髪の眼鏡の男を、しばらく好きでも構わない。結局はそこへ行き着く。
 答えが出たのだから、前に進むしか道はなかった。

「及川さん?」
「じゃあさ、バイト中以外に会える時間くれるの?それとも待ち伏せとかしていいの?他の方法で知り合えない俺は、絶対に君を好きになっちゃいけないの?」

 好きだとはっきり告げたせいか、みょうじは真っ赤になった顔をお盆で半分以上隠してしまう。可愛いと思いつつ、及川は攻撃の手を緩めない。
 だって、彼女には。自分の気持ちが分かるだろうから。

「好きでいる権利も剥奪されちゃうなんて、辛いよ」

 戸惑い気味に垂れ下がっていた眉が、大きく目から離れて。見開かれた目は、及川を透過して別の何かを見ているようだった。
 今はそれでいいと強がりで奮い立たせて、一気に畳み込む。

「だから、下の名前から教えてよ」
「……なまえです」
「なまえちゃんね、次来たら、連絡先教えてね。それが嫌なら、月曜日はバイトお休みして」

 しっかりと笑って言い切ると、彼女の視線の焦点が合った。それだけで身震いしてくる及川には、先が長いことは分かっていたけれど。

「ちょい、及川くん。勝手に決められたら俺が困るんだけど?」
「ごめんね、マスター!」
「いや、面白いからいいけどサ。でも及川くん、吹っ切れ過ぎでしょ」
「攻め方変えることにしたんですよ」
「……あっそ。みょうじちゃんが君の所為で辞めちゃったら、新しいバイトの子探してきてよねー?」

 マスターの朗らかな茶々に、その心配は無さそうですと答える度胸はないけれど。初めて自分を意識して反応を示した彼女に、及川は心から笑うことが出来た。



***end***

20140528


[*prev] [next#]
[page select]
TOP