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建前と本音


 小さな背中が、今日もあくせく動き回っている。山本が連れてきた最初の頃は、強引に頼み込んだに決まっているし続くのかと思っていたこともあったけれど。
 今はなまえなりに頑張ってくれているのが伝わるので、感謝している。多分、俺だけでなく部員全員。特に一年なんか雑用が減ったから、随分懐いていると思う。

「なまえさーん!ドリンクください」
「灰羽くん!どうぞ」
「リエーフでいっすよ?呼び辛くないですか?」
「え……あ、リエーフ、くん」
「あはは、顔真っ赤で可愛い!」
「……かっ!」
「リエーフ、やめてやりなよ。なまえはそういの無理だから」
「こ、孤爪くん!」

 研磨に人見知りを指摘される様では終わりだと思う。山本の勧誘にも話をちゃんと聞いてくれたと涙を流して感動していたが、怖くて動けなかったの間違いじゃないのか。
 ふーっと溜息一つ零せば、隣にいた海が笑った。その含みのある顔に引っかかりを覚えて片眉を吊り上げれば、掌をかざして胸の前に持ってくるんだから様になり過ぎだ。

「不満ならお前も混ざってみればいい」
「あー……俺はいい」
「主将がやっと出来たマネージャーに手を出したら示しがつかないからか?」
「……っ、てめ、」
「顔に出る位なら従った方がいい。後で辛いのは自分だぞ?」

 その晴れやかとも穏やかとも取れる顔は、元々のこいつの持ち味だった。反論するだけ無駄だと黙り込めば、肯定と取ったらしい海が嬉しそうにまた笑う。
 俺は直らない寝癖の髪の毛を掻き毟って、また溜息をつく。別に混ざりたいとか思ってない、ちっとも、別に。ただ、なまえの困った様に笑う顔だけは。
 初めて会った時からずっと、助けてやりたいとかからかってやりたいとか思う奴がそれぞれ出てくるのは予想出来ていたから。
 面倒事になってくれるなよと、主将として思っていただけだ。多分、きっと。



「なまえ、お疲れ」
「あ、主将さん」
「黒尾ね」
「黒尾さん、お疲れ様です!」
「おい、それ落ちる……」
「わああ、すみません!」

 どうにも緊張するらしく、なまえは完全に挙動不審になっている。烏野の新しいマネもこんな感じだった気がするが、俺は大き過ぎて威圧感でもあるのかね。
 腰を屈めて目線を合わせる。びくりと体を震わせたものの、数度瞬きをしてこっちを見てくる目は逸らされなかった。
 ビビりではあるが失礼ではない。だから、こんな性格でも山本の話に乗ってきてくれたんだろう。誠意には誠意が返ってくる。
 ウチの監督がいつだったか言っていた言葉を思い出した。ふと笑いそうになると、なまえは少しだけ首を傾けて反応に困ったみたいだ。

「慣れたか、マネージャー」
「はい、皆さんよくしてくださって、まだまだ未熟ですが頑張ります!」
「おー、優等生だねぇ」
「主将さん、」
「黒尾ね」
「黒尾さんは……いない方が良かったですか?」
「あー……そんな風に見えたか」

 肩を竦めておどけてみせたのに、相手は困った顔をしたまま崩さない。相手に怖がられていると思うばかりで、自分はどうだったか省みた。
 俺の抱えている面倒な心境は、なまえにばっちり伝わっていたらしい。そりゃあそうか。こんなに人の顔色伺うやつだ、無駄に怯えさせてしまってのかもしれない。

「助かってるよ。お前が来るまでは一年が雑用してたんだ。あいつらの歓迎具合みて分かるだろ」
「えっと……」
「勿論、俺もヤローが作ったもんより女の子が作ったドリンク飲む方がうまい」
「あはは、黒尾さんでも冗談をおっしゃるんですね」
「僕はそんなに真面目に見えましたか」
「……」
「オイ、俺が可哀想だからその顔やめろ」

 馬鹿にされた気もするのに、彼女がやっと俺の前で笑ったのがどこか嬉しくて。海の言っていたことが頭を掠めた。こんなことで一喜一憂する位なら、もう手遅れかもしれない。
 真面目な人間は嫌いじゃない。からかい易い性格も、人の意見をとりあえず飲み込もうとするところも。あげればキリがないけれど、認めるのはどこか躊躇っていた。

「なぁ、なまえ。俺が怖いと感じたなら、それは正しいと思うぞ」
「え……でも」
「きっと優しくは出来ねぇよ。でも、そうだな。やり方は変える」

 にんまりと笑ってそう宣言すれば、相変わらず相手は少し迷いながら首を傾けただけだったけれど。自分の中で解決して吹っ切れてしまったから、それはそれでいいと思えた。
 悪ぃなぁ、海。多分迷惑かけると思うけど、煽ったのはお前なんだから責任取ってくれよな。



 小さな背中が、今日もあくせく動き回っている。気付かれない様にその後ろにぴったりとつけて、ポニーテールのお陰で覗くむき出しの首に息をかけた。

「なまえ」
「ひゃあ!」
「これ、備品買い足しといて。もう切れる」
「……っ!すみません」
「型分かるか?一緒に行くか?」
「えっと、お願いしてもいいですか?」

 可愛らしい声をあげたくせに、もう割り切っているのはどうなんだ。いや、マネージャーとしてはそれでいいけど。結局、俺はどっちでも迷うのか。
 とても贅沢な話で、思わず笑った。なまえは少しだけむっとした顔をつくって、こっちを恨みがましく見上げてくる。

「そんな表情もするんだな」
「す、すみません……」
「いやぁ、可愛いと思うがな」
「からかわないでください」
「伝わらなかったか?可愛くてぎゅっとしたい位だって言った方が良かった?」

 顔を真っ赤にして黙ってしまったのには参った。俺まで恥ずかしくなってくるんだから、やっぱりあまり向いていない。
 一瞬、リエーフの顔が浮かんだのが癪だ。やべ、何か苛々してきた。

「なまえ、行くぞ」
「え、今からですか?」
「嫌な予感がする。俺の勘は良く当たるんだ、ほれ、行くぞー」
「待って、まっ、あ……」

 するりと手を取ると、体勢を傾けながらもついてくる小さな体。柄にもなく些細なことで満足して、口元が笑うのを抑えられなくなった。
 こんな露骨なことを続けていたら、その内部員の誰かに見つかって話のネタにされるかからかわれたりするかもしれない。
 そうなったらこいつはどんな反応するのかと考えている辺り、俺も相当良い性格していると思う。なまえの手を掴んだまま、まだ人の多い校門を目指していった。



***end***

20140729

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