それはお互い様


 目の前で繰り広げられる光景は、決して心臓にいいものじゃない。ツッキーと俺の彼女であるなまえちゃんが、二人で同じ音源を聞いている。
 会話はないけど、たまに同じところでお互いを見つめて小さく笑っていて。二人の間でしか分からない何かがあるようで、まるでそこだけ薄い膜が張っているみたいだった。

「あ、忠くん。おはよー!」
「……はよ」
「お、おはよ。ツッキー、なまえちゃん」

 俺に気付いたらしいなまえちゃんが、柔らかく笑って挨拶をしてくる。その耳になまえちゃんのピンク色のイヤホンはもうなくて、少しだけ安心した。
 なのに、こっちを見てくれたのはほんの一瞬で。すぐまたツッキーの方を向いて口を尖らせて身を乗り出していく。近過ぎるよ。

「ね、聞いた?月島くんの方が先とか。ツッキーに負けてるわ、私」
「ツッキーって呼ぶの、やめて」
「わぁ、忠くんだけ特別ですか、そうですか。ジェラシー!」
「お宅の彼女が気持ち悪いんだけど。山口どうにかしなよ」

 ツッキーがこっちに話を振ってくれたから、ようやく俺は顔を上げた。それまでずっと、なまえちゃんがツンツンとツッキーに触れたところばかり睨んでいた気がする。
 何か言わないといけないと思って口を空けても、咄嗟に言葉が出てこなくて。言いよどんでいる俺を見たツッキーがいつものように溜息をついた。

「そろそろ授業始まるし、席に戻れば?」
「はいはーい。あ、今度は月島くんが貸して!」
「ん。いいけどみょうじのも貸してよね」
「気に入ったの、あった?」
「リスト送るよ」
「了解、ありがとね!」

 前の席に座っていたなまえちゃんが立ち上がって、目の前にやってきたのに顔がまともに見られない。無理に口の端を上げようとしたら、不思議そうに瞬きをする彼女がいた。
 だってこれは、別に普通のことだから。そもそも、ツッキーの方が最初になまえちゃんと仲良くなった。ツッキーは絶対に認めたりしないけど、二人はかなり仲が良い。
 ツッキーのいつも聞いている音楽の話題についてこられるのはなまえちゃんだけだ。沢山の女の子が興味深そうに聞いてくるのは最初だけで、大体ツッキーが質問したことに答えられなくて嘘がバレる。
 「山口くんは月島くんが好きなんだねぇ」そんな風に言ってくれた彼女に恋をした。多くの人は俺たちを遠巻きに見ているだけだから。
 そんななまえちゃんが好きになったのに。それなのに。友達としてツッキーを好きななまえちゃんのこと、認めたくないなんて言えなかった。



「ツッ……」
「月島くん、ご飯食べよ」
「何で僕のとこに来るの?」
「だって忠くん、絶対ツッキーご飯食べよってこっち来るもん」

 弁当をさげてなまえちゃんがツッキーの前の席を引く。昼休みも出遅れて、まるで彼氏と彼女みたいに向かい合う二人を見せつけられた。
 確かにツッキーと声をかけようとしていたけど、当たり前みたいに受け入れるツッキーだって変だ。反論するのも面倒臭いって思っているのかもしれないけど。
 これが他の、なまえちゃんじゃない別の女の子なら、絶対受け入れたりしないくせに。そう思うとどうしたってやりきれなくて、気付けば二人の前に仁王立ちしていた。

「忠くん、座らないの?」
「ツッキー」
「……なに?」
「ちょっとなまえちゃん、借りるから」
「え、え……痛っ!」
「どうぞ。ってか山口のじゃん」

 興奮している俺とは対照的に、やっぱりツッキーは面倒そうに淡々と言う。それなのにしっかりと響いた「山口の」という言葉に、むず痒くも嬉しくなってしまった。
 なまえちゃんは何が何だか分からないみたいな顔をしていて、取り出そうとしていたお弁当をしっかりと右手に掴んだまま。
 反対の腕を離すものかと握り締め、何も告げずに教室から飛び出した。

「ね、忠くん?」
「……ちょっと黙って」
「今日は外で食べるの?」

 こういう時、黙ってと言われて黙っているような人間じゃないことは知っている。それでも握り締めた手に力を篭めて、何も答えずに大股で歩いていった。
 渡り廊下まで抜けると、一気に横風が吹き抜ける。すぐ後ろで小さく声をあげたなまえちゃんが、髪の毛を押さえたそうに手を後ろへと引っ張った。

「ご、ごめん」
「うん」
「今日、風強い、ね」
「教室戻ろっか、月島くんも待ってるよ」
「何でそこでツッキーなの?」
「え?」
「なまえちゃんは、俺の彼女じゃん」

 語尾は俺の自信に比例するように、段々と揺れて消えていく。正面の彼女は目を瞬きさせて驚いていた。あれ、何で?
 少しだけ覗き込むみたいに顔を傾けてくるなまえちゃんが、口の端を上げていく。それが俺には気に食わなくて、ぎゅっと拳を作って言ってみた。

「ツッキーとばっかり仲良くするなよ」
「それは忠くんじゃん」
「俺は男だし。昔からの……」
「親友だから?」
「……うう、う、うん」

 自信なく揺れた声に、やっぱりなまえちゃんは笑っている。ツッキーが俺を親友って思ってくれているかは分からないけど。幼馴染っていうのは事実な気がするから。
 別に隣にいるのは不自然じゃない。だけど、なまえちゃんがツッキーのずっと近くにいるのは気に入らないんだ。だから、はっきり言おう。

「前から言おうと思ってた。なまえちゃんはツッキーに気安く触っちゃ駄目」
「えいっ!」
「っ!だから、そういうの俺にしか駄目」

 ぐりぐりと鳩尾辺りに突き立てられた細くて白い指は、楽しそうに回転していた。でも分かっている、なまえちゃんは誤魔化そうとしている。
 だって、前髪から覗く目は段々と下を向いていくけど、僅かに覗く光がチリチリと不満を焦げ付かせている。

「言いたいことあるなら俺に言いなよ。ツッキー使って嫉妬させないで」
「……みたい」
「へ?」
「まるでツッキーが忠くんの彼女みたいなんだもん」

 だもんと言い切った彼女が顔を上げた。頬を膨らませて口を尖らせるのも可愛いけど、本人は真剣みたいだからここで笑っちゃいけない。
 お弁当を体の手前に持ってきて両手で掴みながら、きつく握っている。それがカタカタと音を立てて、まるでなまえちゃんの心の起伏みたいだった。

「なまえちゃんもやきもち焼いてたの?」
「……忠くん、一言目にはツッキーって言い過ぎ」
「ご、ごめん」
「でもいいや。ちゃんと月島くんに嫉妬してくれたもんね?」
「……えっ?」
「私じゃなくて、月島くんに嫉妬したんだよね?」
「あ、当たり前じゃん!」
「ふふ、私も月島くんに嫉妬してたから、お揃いだね!」

 あっけらかんとそんなことを言うくせに、飛び切りの笑顔を見せるなまえちゃんは策士だ。嬉しそうに俺の手を取って、「さ、教室で月島くんが待ってるよ」なんて言う。
 原因の一端は俺にもある気がしたから、今回は丸め込まれてあげるけど。次、ツッキーに触ったら。何て言って怒ろうかな。
 そんな風に余裕たっぷりで笑っていられなくなるかもよ。ねぇ、なまえちゃん?



***end***

20140810

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