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この時を刻む


「どうぞ?」
「お、おお……お邪魔します!」
「あ、クッション使ってね?」
「おうっ!」

 元気な言葉とは裏腹にそわそわと落ち着かない光太郎くんは、借りてきた猫……じゃなく梟みたいに首をキョロキョロさせている。
 部屋中を見られるのは緊張するけれど、もし私が光太郎くんのお部屋に初めて行ったとしても気になって視線が忙しくなってしまうと思うから。
 そこには敢えて触れないでおく。この日に備えて入念に掃除もしたし、いつもは出しっぱなしになりがちな充電器類も撤去した。
 四つん這いで狭い部屋を這い回って髪の毛の一本も逃さない様にコロコロもしたし、光太郎くんはそんな細かい人じゃないと思う。あ、失礼な意味でなく!

「お茶とお菓子持ってくるね。適当に寛いでていいからね?」
「おう。月バリ読んでる!」

 ベッドを背もたれにしてくれて構わない。そういうつもりでクッションを机とベッドの隙間に置いたのに、何故か光太郎くんの姿勢はいつも以上に良くて。
 それじゃ全然寛げないと思う。いつも教室で雑誌を読んでいる時とか、もっと楽な格好のくせに。可笑しくなって口元が緩みながら、階段を踊るように下りていく。

「今日、練習終わったらウチに来ない?」
「うおっ、なまえの家?」
「うん。両親遅いし誰もいないから。宿題一緒にやろ?」

 そう私が提案した時の光太郎くんの顔、言っちゃいけないかもしれないけど可愛かったなぁ。付き合ってもうすぐ三ヶ月。
 バレー第一の光太郎くんと会う時間は普通の彼氏彼女より少ないかもしれないけれど。他の時間は私に割いていてくれるし、申し訳ないくらい大事にして貰っている。
 だから少し、勇気を出して言ってみた。二人きりになりたいですって意味で。もっと緊張するかもしれないと思ったけど、光太郎くんの反応を見てそれはすっかり吹っ飛んだ。

 紅茶とお菓子を持って部屋へ戻ると、ぎゅっと雑誌を握り締めて体育座りしている光太郎くん。何でその体勢だろうと首を傾げても、ぶんぶん首を横に振られるだけ。
 その内真っ赤になってチラチラと私を上目遣いで伺ってくるから、噴出しそうになってしまった。

「っぷ、なぁに?」
「あ、う、いや、あの写真が……」
「写真……ああ、見る?」

 衣装入れの上に立てかけてあったコルクボードに、何枚か写真を貼り付けてある。中学の頃のものから、高校に入った後のやつまで。
 友達と一緒に撮った特に好きな写真だ。ちょっと嫌なことくらいならこれを見て忘れてしまえるくらいには、私の生活にはかかせないものになっている。
 未だに体育座りを続ける光太郎くんの前に持ってきて、一緒に見ようと片手で差し出した。大きめのそれを片手で支えていると反対側が下がってきて、それを見た彼が慌ててそっちを持ってくれる。

「あ、ここに光太郎くんもいる」
「おお。本当だ」

 それはまだ、付き合う前のこと。クラスで写真を撮った内の、二人をトリミングしたもの。この頃から片思いをしていたことを知られるのは少し恥ずかしい。
 でも、友達がくれた大切な宝物。片思いが辛いと思った時期は、こればっかり眺めていた気がする。光太郎くんはそれを指でなぞっては、自分の髪の毛を弄った。

「俺の髪っていつもこんな?」
「うん。あの、この写真が気になる訳じゃなかったの?」
「うおっ!?しまったー!」
「……光太郎くん?」
「うー……だって。なまえのコレ」

 一瞬顔を膝に埋めて、すぐ舞い戻ってきた光太郎くんは一枚の写真を指す。それは去年の夏にクラスの子数人と海に行った写真で、水着の私と友達がピースサインで写っていた。
 コレと指を叩いたところが胸の辺りで、一気に私まで恥ずかしくなる。それを見た彼がニヤニヤと笑って、ツンツンと何度も写真をついてきた。

「や、やめて!」
「可愛いなぁと思って。でも俺だって、水着姿なんか見たことないのになぁ!」
「拗ねてるの?からかってるの?」
「写真じゃなくて実物見たいー。でも海とか行ける……か?」

 顎に手を当てて考える仕草をした光太郎くんが視線を左上に逸らす。バレーの大きな大会は来年まで続くらしく、この夏もずっと部活で体育館に篭りきりだ。
 ひたむきな彼が好きで、一生懸命な彼を好きになった。だからその事に関して不満はないし、寧ろよく私なんかと付き合ってくれたと思う。
 人より頑張るということは、人が別のことをしている時間を削るということだ。光太郎くんは体育座りのまま手だけを伸ばし、グラスを持ってストローに吸い付いた。
 口を尖らせたままじっと見てくる顔が可愛くて、どうしても口の端が上がってしまう。

「じゃあ私、今から着ようか?」
「っぶ!」
「わぁ、光太郎くん大丈夫?」
「……けほ、はぁ?」

 眉を吊り上げて聞き返してくる彼の頬は、心なしか赤く染まっていく。それを見ると大胆なことを言ってしまったと分かって、私まで恥ずかしくなってきた。
 海にもプールにも行けなくても、光太郎くんの希望は出来るだけ叶えたいって思ったんだけど。私が顔を覗き込むと、体勢を崩してベッドに背中をつける彼。
 いつもは突拍子もない行動に振り回されている分、何だか楽しくなってきてしまった。

「えっと、水着ならあるよ?」
「そりゃ……見たい、けど!」
「あ、部屋だと雰囲気出ないよね」
「はぁ?そういう問題じゃねーって。なまえ!」

 がしっと体を掴まれて、勢いが良すぎて少し前後に揺れる。肩から伝わる光太郎くんの手の熱に、真っ直ぐ見てくる眼差しに。
 怒っている気がするのに嬉しくなってしまうのは、内緒にしておくから許してね。

「プールか海、行こう。写真も撮るぞ!」
「でも、部活……」
「だぁぁ!夏休みの朝から晩まで毎日って訳じゃねーから!そんなの赤葦でも付き合ってくんない!」

 ちょっと悔しそうに聞こえるのは、きっと私の気のせいなんかじゃない。光太郎くんは時間の許す限りバレーをしたいって思っているんだ。
 それなのに、私にも時間をくれようとしている。もうそれだけで、十分なんじゃないかなぁ。だから例え、それが無理だと思うことでも。
 ここは大人しく頷いておこう。実現しなくたって光太郎くんの気持ちだけでも嬉しいんだって。光太郎くんが気持ちをくれたように、私もちゃんと示したいから。

「そっか。楽しみにしてるね」
「ム。本気にしてねーだろ!言っとくけど絶対行く!花火もやるしお祭りも行くもんね!」
「私も光太郎くんと一緒に行きたいよ」
「おう!約束なー?」

 そう言って小指をピンと立て、私の目の前に持ってこられた。約束の契りは、くすぐったい気持ちで交わす。約束を破ったら、なんてことは言わないけれど。
 ふわふわと嬉しい気持ちに浸っていたら、光太郎くんにはこれが終わりではなかったらしい。低い唸り声を上げたまま、こっちを向いた時の目の奥は光っていた。

「だからな、なまえはそんな軽々しく水着着るとか言うの禁止!」
「うん、光太郎くんにしか言わないよ?」
「……っ、なまえ!」
「わぁ!」

 気付けば腕の中に閉じ込められて、きつく抱きしめられたかと思ったら上から髪にも頬にも唇が降る。優しく触れるだけのそれがくすぐったくて身を捩った。
 耳にも同じ様に触れられて、光太郎くんの吐息が一緒に届く。それが思ったより熱くて顔を上げたら、そのまま両頬を掴まれて。

「水着より今はこっちがいい」

 そう言って楽しそうに笑う光太郎くんの手がちゃっかり制服のボタンにかかっているから、逃げることなんて出来そうもない。
 今年の夏が終わる頃には飾っている写真の種類ががらりと変わっているといいなと思いながら、近づいて来る顔にそっと目を閉じた。



***end***

20140809

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