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幸福の夜道


 普段はどこにいたって分かるくらい目立って賑やかな声をあげているのに、プレー中の彼はしなやかで静か。
 返球のボールは正確に綺麗にセッターの位置まで届く。私はそれを見ながら、ぎゅっとタオルを握り締めた。いつもの西谷くんも格好良いけど、やっぱりバレーしている西谷くんが一番。
 その一番格好良い西谷くんをこんなに近くで見ていられるなんて、マネージャーって得だなぁと思う。勿論、公私混同するつもりはないし、皆平等に接しているけど。
 こっそり試合中に心の中で特別多めに応援するくらいは、許してもらおうと思う。

「おし、今日はこれまで!」
「うす!」
「お疲れっした!」
「「「っした!」」」

 挨拶が終わると、くるりと方向転換した西谷くんがこっちを見て、眩しい顔して笑った。この顔、本当に大好きだなぁ。
 こっそりと手を振って、ちゃんと見ているよって意思表示する。すると西谷くんがぶんぶん手を振ってこっちに駆け寄るから、その後ろで皆がまたかって顔をしている。

「なまえ、今の見てたか!?」
「う、うん。お疲れ様でした」
「ノヤっさん、うるせぇ……」
「男の嫉妬は醜いぞ、龍!」
「「末永く爆発しろ」」
「成田、木下……それ位にしといであげなよ。悪いのは西谷だけなんだから」
「何だとー!力!」
「お前らまとめてうるさいんだよ。元気ならまだ練習するか、なぁ?」
「「「す、すんませんっした!」」」

 こんな時にきゅっと場を締めるのは流石の大地さんだ。私たちの代の誰が次の主将になったとしても、この采配が振るえるとはとても想像出来ない。
 私も潔子さんと仁花ちゃんと片付けの確認をして、ビブスを軽く畳んでカゴに入れた。今日も西谷くんと一緒に帰れると思うと、自然と顔が緩んでくる。

「ふふっ」
「うわぁ!き、潔子しゃん!」
「なまえちゃん、楽しそう」
「う、あ、あの!」
「残り私が片付けておくので、お二人はどうぞ、着替えてください」
「そんな悪いよ、仁花ちゃん!」
「うん。でも急ごっか。なまえちゃん、これからデートみたいだし」
「ち、違います!一緒に帰るだけでそんな……あっ!」

 何故か私以上に顔を真っ赤にさせている仁花ちゃんと目が合って、可愛いなぁと思う。悪戯を見破ったみたいに得意げに笑う潔子さんが、私たちを見守ってくれていた。
 なんだか恥ずかしい。付き合う時も部の皆の前で公開告白みたいなものだったし、こうして一緒に帰るのも皆が気を遣ってくれている気がする。
 二人きりじゃない日もあるし、西谷くんが自主練を遅くまでしたいって時は絶対先に帰れと言われるから毎日じゃないけど。
 それでもこっそりと好きだった頃より確実に我儘になった私の思考は、一緒に帰れる時間をとても貴重に思っているから。
 顔がにやけちゃうのも楽しみにしちゃうのも、仕方ないんだってことにしておいた。



「なまえ、帰るぞ!」
「お、そくなってごめん」
「ノヤっさん、送り狼になんなよ!」
「馬鹿、田中。お前本当に……西谷もみょうじちゃんもお疲れ」
「菅原さん、お疲れ様です」
「みょうじっ!俺は無視か!」
「それはお前が悪いだろ、静かにしろよ……お疲れ」
「縁下くんも、お疲れ」
「ほら行くぞ」
「あ、うん!」

 ずんずん歩き出す西谷くんに小走りで追いついて、少しの距離を空けて隣に並ぶ。田中くんは無視。正確には田中くんの言うことだけど。
 西谷くんがそんなことする訳ないのに、変な感じで意識してしまうから嫌だ。付き合うようになって3ヶ月。こっそり帰り道に手をつないだことはあるけれど。
 それ以上のことはまだ何も。まだって言い方すると、期待しているみたいで恥ずかしい。でも、西谷くんがどう思っているのか。それは怖くて聞けないでいる。

「……、なまえ?」
「え、あ、うん?」
「どうした?」
「何でもない、よ?」
「そっか?ガリガリ君でも買って帰るかー!」

 ぎゅっと握られた手が熱くて、包み込んでくれる動作は優しかった。そのことが今の今まで悩んでいたことを馬鹿らしいと吹き飛ばしてくれる。
 嬉しくて握り返す。するとそれに気付いた西谷くんが、満面の笑みで繋がっている腕を振り回した。やっぱり私は西谷くんが大好きだ。

「へへっ」
「何だぁ?今日は落ち込んだり笑ったり忙しいな」
「落ち込んで……見えた?」
「なーんか悩んでただろ?」
「あ、あれは田中くんが……っ!」

 せっかく楽しい雰囲気に流れそうだったのに、間抜けな私は自ら話題を振ったようなものだった。一瞬目を大きく見開いてぎょっとした西谷くんは、顔を逸らして。
 それから頬をかいて、覗く耳は真っ赤。きっと私も、それに負けない位顔が赤いと思うけれど。気にしないでごめんね、って。言った方がいいかな。

「あー……のさ、」
「はい!」
「そんな緊張されるとやりにくいだろ、なまえ!」
「ふ、ふぁい!」

 やりにくいって何がとは聞けなかった。すぐに正面に回りこまれて、両肩をがっちりと捕まれているのは流石という他はない。
 こうして正面から向かい合うと、私の方が目線も高くて。普段は気にならない少しの身長差が浮き彫りになる。
 口をむずむずさせながら、近づいてくる西谷くんに思わず目を閉じた。身構えていた唇には、何も起こらなくて。目を開けようかと思ったら、おでこに柔らかい感触。

「……あ」
「ん。俺はなまえが西谷くんって呼ぶのやめる方が先だと思うんだけどな!」

 太陽みたいに笑う西谷くんが、目の前にいてくれて。私を大事にしてくれて、名前で呼んで欲しいって言ってくれているから。
 私のくだらない悩みなんか、どうでも良くなってしまうんだよ。

「えへへっ!ゆ、夕くん」
「何だよ?」
「幸せだなぁって思ったの」
「……なまえ!あんまり可愛いこと言うな!」

 ちょっと怒りながらも、頬が赤い夕くんはまた手をつないでくれるから。私はやっぱり幸福感に満たされていて、この手を離したくないと思う。
 明日田中くんにからかわれても、少しくらい余裕を持って接することが出来る気がする。私も夕くんを見習って、どんと構えていようかな。



***end***

20140731

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