明日は京治くんと付き合って1年の記念日。長かったような、あっという間だったような。それでも、京治くんのおかげで思い出ばかりの日々だった。
「明日、部活があるから、出掛けるの今度の休みでもいい?」
「うん!もちろん!」
私は一緒に出掛けられるだけでいいよ!と言えば、少しはにかむ京治くん。かっこいいなぁ、と思ったのが昨日の昼休みのこと。
──そして。
「はい、なまえちゃん。ウーロン茶でよかったよね?」
「あ、はい!すいません」
「うおー!食うぞー!」
「木兎、うるせぇ」
少し煙たい店内には、香ばしい食欲をそそるいい匂いが充満している。BGMと肉の焼ける音に負けないように人の声も比例して大きくなって、がやがやと賑わっている。そんな、焼肉屋に私はいた。
*
放課後、さあ、帰ろうか、と教室を出ようとするとバレー部の主将、木兎さんと少し軟派そうな3年生、確か木葉さんがすごい勢いで走ってきて。
「今日、焼肉に行くぞっ!」
「は、えぇ?」
京治くんと付き合ってはいるけれど、バレー部の面々とは大した面識はない。ちょっとした知り合い程度。なのに、いきなり焼肉に誘われるとは何事か。
でも、戸惑う私を安心させてくれる声はすぐに届いた。
「木兎さん、木葉さん!」
「おー、赤葦」
「おー、じゃないです。人の彼女にいきなり何してるんですか」
そう言って、私の前に立つ京治くん。目の前に広がる彼の背中に胸がきゅんとする。守ってくれてる。それがすごく嬉しかった。
「だって、今日1年なんだろ?付き合って」
「…まぁ」
部活でそんな話してくれてるんだ。それに少し喜びながら、3人の会話に耳を傾ける。
「俺達もお祝いしてやるよ」
「おおっ!」
「ただ焼肉食べたいだけじゃないですか」
先輩と話す京治くんは同級生の前とは雰囲気が違う。やっぱり少し大人びている。こんなにかっこいい人が私の彼氏なんだ。そう思うと顔がにやけてしまう。
すると、京治くんがくるっと振り返った。背後にはにやにやと笑う先輩方。
「なまえ、どうする?バレー部もいるけど、焼肉、行く?」
僅かに困った顔をして、首を傾げる京治くん。私はそれにふたつ返事を返した。バレー部の人達がいてもそこまで問題はない。重要なのは、京治くんがいるかどうか。やっぱり1年に1回の特別な日。大好きな人と一緒にお祝いしたいから。
こうして、バレー部のみなさんとやってきた焼肉屋。左には京治くん。右には綺麗なマネージャーさん。向かいには網に並べられた肉を凝視している小見さん。隣では同じように木兎さんも肉を狙っていた。
「もう食える!?」
「まだですよ」
「なー、赤葦!これ、イケる!?」
「まだ赤いじゃないですか」
先輩達から肉の焼け状態を聞かれる京治くん。なんだか京治くんはお母さんみたい。そう思ってクスッと笑うと、それが伝わったのかじろり、と京治くんに目で叱られた。でも、今日はそれすら楽しい。
「あ、それ俺が育ててたやつ!」
「え、ごっめーん!」
「何だ。育ててた、って」
「尾長ー、そっちの皿取ってー」
「はい、猿杙さん。どうぞ」
ひとつ隣のテーブルも和気あいあいと、焼肉を楽しんでいるようだった。こんな楽しそうな部活だったんだ、と新しい発見に心が弾む。
京治くんはバレー部の話をする時によく笑うけど、その意味が理解できた。少しずつ、京治くんの世界に入っていけてる。それが、たまらなく嬉しい。
「なまえ、遠慮しないで食べないと。この人達、遠慮とかないから」
「う、うん!」
そうして、私もやっと初めての肉に箸をつけた。
*
入店してから約1時間。すごいスピードで食べ進めてきたみなさんは、満腹になったのか箸を置いて談笑し始めた。
すると、私の隣にいたマネージャーさんが席をはずし、店員さんと何やら話をし始めた。そろそろお会計かな、と思っていると、マネージャーさんはすぐに戻ってきて、何もなかったかのように席についた。なんだったんだろう。疑問を抱いていると、先程の店員さんがホールケーキを持ってやってきた。
「え、」
「お!来た来たっ!」
木兎さんが嬉しそうにそのケーキを受け取り、そしてら私と京治くんの前に置いた。
「お前らの記念日だから、準備しておいた!」
「え、」
「こらー、木兎は何にもしてないでしょー」
マネージャーさんにつっこまれ、「みょうじを誘った!」と反論する木兎さん。
「ケーキは俺と尾長とマネージャーで買いに行ったんだぜ!」
そう自慢気に言うのは小見さん。
「会場選びは俺と猿杙だ」
「って言っても、ほぼ木兎の希望だけどねー」
鷲尾さんと猿杙さんが笑いながら口にする。
胸が熱くなる。ぐーっと何かが込み上げてくる感覚。嬉しい、幸せ。感極まって隣の京治くんを見ると、彼も嬉しいのか目を細めて、微笑んでいる。素敵な部活。そんな部にいる京治くんと付き合えて本当に嬉しい。
「よし、赤葦!みょうじ!ケーキを食えっ!」
ずい、と木兎さんにお皿を差し出され、慌ててスプーンを手にした。真っ白なショートケーキを鮮やかな赤いイチゴが縁取っている。真ん中には手を繋いでいる男女のマジパン。どこからスプーンをいれようか、なんて悩んでいると、隣のテーブルから声が飛んできた。
「せっかくなら、あーん、とかやってみろよ」
「あ!いいねぇ!」
「ふふ、見たいかも」
その声はどんどん大きくなり、断れない雰囲気に。でも、さすがに恥ずかしいと思いながら、京治くんに助けを求めると、彼はすでにケーキを掬い、それを私に向けていた。
「なまえ。ごめん。この人達、一度言い出したら引かないから」
諦めて、と言いながらケーキを私の口へ運ぶ京治くん。そう言いながらも、少し楽しそうに見えるのは私の勘違いじゃないと思う。
こうなったらもう食べるしかない。みなさんに注目されながら食べたケーキの味は、いつもよりもずっと、甘い気がした。
*
帰り道。京治くんと並んで夜道を歩く。手はしっかりと繋がれて、限られた時間を少しでも長くするためにゆっくりなペース。今日が終わってしまうのがなんだか寂しかった。
「今日はありがとう」
「ううん!こちらこそ!すごい楽しかったよ」
「…そう言ってもらえると助かる」
別に気を遣った訳じゃないんだけど。本当に楽しかった。今更だけど、バレー部のマネージャーになりたかったなぁ、なんて思ってしまうほどに。
「なまえ」
不意に真剣に名前を呼ばれ、何気なく顔をあげると優しい瞳がこっちを向いていた。
「京治くん?」
「これからも、よろしく」
少し照れたように、京治くんが言う。1年経っても、京治くんへの気持ちは全然変わらない。むしろ、増していっているように思う。それは、きっとこれからも。
「こちらこそ、よろしくね!」
くい、と手を引かれ、降ってくるキスを私は暖かな気持ちで受け止めた。
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ぱんな様から100万打祝いに頂きました。