「月ちゃーん」
「……」
「ツッキー」
「それは止めてください」
不機嫌を隠さない目が眼鏡越しに向けられて、嬉しくなるんだから末期だ。ベンチから腰を浮かせて、少しだけ背伸びする。
「何するんですか」
「眼鏡」
「……が?」
「外したらどうなるかなーって。あは」
「……馬鹿なんですか?」
彼のお決まりの言葉が返ってきて、伸ばした手を掴まれた。
近づいた距離に驚いて、後退りしようとしてももう遅い。その分、掴まれた手が痛いだけ。
「外したら、先輩は何をくれます?」
「え……?」
浮かせた視線が月島くんの目とかち合う。ゆっくりと弧を描く澄んだ瞳の奥、間抜けな顔で口を開けている私が見えて、あわてて口を閉じた。
「ねぇ」
「え、あ、の?月島くん?」
掴まれていた筈の腕には感覚が残るだけで、大きな手に自分の手が包まれていた。
からかうつもりだったのに、からかわれているのは私の方じゃないか。
静まれ、心臓の音!
「っく!顔赤くないですか?」
「……んなこと!」
「ふーん」
「離してよ!」
「貴方がその気なら、いつでも」
確かに手はゆるく包まれているだけで、簡単に解ける。
分かっているのに、いつもとは違う表情を見せる月島くんの目から離れるのが惜しい。もう少しだけ、私を映していて。
「月島くんは、意地悪ね」
「なまえ先輩には負けます」
とっくに知ってるくせに
耳元に口を押しあてられて言われたら、肩が大袈裟に跳ねた。それを見て嬉しそうにする月島くんも、相当参っているんだ。
あれ、誰に?……つまり。
「月島くん、やっぱり眼鏡取らせてよ」
「何をくれます?」
「キスするのに邪魔でしょ」
「……っ!貴方って人は」
溜め息をついた月島くんは、眼鏡を取らずに私の頭を強引に引き寄せた。
甘い苺みるくの香りがしたことを告げたら、やっぱり呆れられちゃうから黙っておこうかな。
余裕のない彼の顔を見つめていられる機会は、あんまりないから。
***end***
20131025