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熱さを知るのはまだ怖い


「岩ちゃん岩ちゃーん」
「うるせぇクソ川」

 岩泉くんに負けないくらい眉間にシワを寄せて、及川くんを睨む。
 どうして女子の輪の中に岩泉くんを引き摺り込むんだろう。

「ねぇねぇ、今度の日曜日は部活午前中だけだよねぇ?」
「……俺は先に行くぞ」

 岩泉くんの言葉にハッとして、不自然に廊下に佇んでいた私も歩き出す。及川くんと女の子たちの会話はまだ続いていたけれど、それには興味がない。
 少し乱暴な足取りを追いかけて、早足になりながらついていく。



「うぜーって……あ、みょうじか」
「うん、ごめんね」
「及川だと思って……いや、アイツはもっと喧しいか」

 ぶつぶつと口の中を動かして、考えている相手が及川くんであることにまたイラっとした。いつだって、岩泉くんの頭を占めている及川くんが憎い。

 バレーはしょうがない。敵わないし、比べようもないものだし、岩泉くんの一部だから。
 でも、バレーの中だけに納まってくれない及川くんはずるい。私が入り込める僅かな隙間、奪わないで。

「部活、頑張ってるね」
「おー、最後だしな」

 最後、この言葉が猶予期間の宣告のように、私の中にずしりと落ちた。
 中学からの片想いは、じくじく留まり続けてもう4年目。付き合いが長くなっただけ、諦めも悪くて厄介だ。

「応援に行っていい?」
「いつも来てんだろ」
「うん、そうだね」
「……お前さぁ」

 何か言いかけて止まった声に上を向くと、岩泉くんは真顔で。目が合うと逸らされて、繋げる言葉を悩んでいる。
 こんな彼は貴重だ。

「……なに?」
「気にすんなよ、あんなのは」

 何から何まで分からず、首を傾げた。何から聞けばいいかわからなかった。何が正解かも。

「だから。お前は他の女とは違うし。及川だって……」
「岩泉くん」

 正解は分からない。でも、岩泉くんが言わんとしていることは分かった。それが間違いってことも。

 今度は目を逸らされることはなかった。真っ直ぐ見返して、ゆっくり息を吐く。呆れたように、気の抜けたように。それでいて、安心したと伝わるように。
 他の人とは違うなんて言われたら嬉しくて、もう。我慢なんてしてやらないんだから。



「女の子が皆及川くんを好きになるなんて、思わないでね」
「あ?オイ……」
「私が観に行くのは、頑張ってる岩泉くんだから」

 人差し指が彼の胸板に当たって、焦げたみたいに弾かれた。
 熱が伝わってきて恥ずかしさを自覚したら、顔を見る余裕もなく後ろを向く。

「みょうじ!俺は……」
「あ、いたいた。岩ちゃーん!」
「うるっせぇ、黙ってろ!」

 及川くんの声がピストルみたいに、スタートを切って駆け出した。ゴールは教室だから、どうせ追い付かれるんだけど。
 4年間のありったけを終わらせるのが惜しくて、答えは少しだけ先延ばしにしたいんだ。



***end***

20131025

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