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策略家はどちらでも


「……なに?」
「べ、別に?」
「だったらこの手はなに?」
「え?あ……もう帰っちゃうのかなぁって、その……」

 段々と小さくなっていく語尾に、もう隠す気もないのか蛍くんがにやにやと笑って見下ろしてくる。それでも握り締めた彼の服の裾を離すことが出来ないなんて。
 無い目力を振り絞って、懇願の思いと共に蛍くんを見上げる。ドアへ手をかけようとしていたのはとっくに止めて振り向いてくれたけど、決定打は私に言わせるつもりらしい。

「もうちょっと、いない?」
「なまえさぁ」
「ハイ!」
「怖いんでしょ?」
「……うっ、違……わないかもしれない」

 負け惜しみ混じりの曖昧な答えは、ぷっと吹き出した蛍くんに一蹴された。バレている、やっぱりバレバレである。続く溜息はわざと長く吐き出された。
 「だから言ったのに」なんて言ってくる彼はどこか楽しそうに、持っていた鞄を床へ置き直す。そのことに少しだけほっとして、ごめんなさいの代わりにティーカップへ新たな紅茶を注いだ。



 そもそもの始まりも蛍くんのからかいが原因だった気がするのに、そんなことを言う余裕もない。窓をカタカタと揺らす外の風にさえ吃驚して肩を揺らしてしまう。
 そんな私を一瞬だけ流し見た蛍くんは、ティーカップを机に置くと何も言わずにテレビのリモコンを操作し始めた。その途端、映し出されるゾンビと言ったら。

「ぎゃあああ!や、やめ……」
「うるさ……もうちょっと色気のある悲鳴が出せないわけ?」

 そんな無理難題を言われても困る。咄嗟にクッションを頭から被り、隠れきらなかった左耳に手を押し付けた。遺憾を込めて睨み上げると、楽しそうに画面に見入る蛍くん。
 漏れ聞こえる音は画面を見なくても状況をきっちり伝えてくる。もう勘弁してください。

「もう止め……」
「なまえが観るって言ったよね?」
「そ、それは……」
「僕はこういうの、駄目なんじゃないのって確認までしてあげたのに、ねぇ?」

 さも親切かの様に告げてくる彼は意地が悪い。レンタルショップでも見た、同じ表情で皮肉たっぷりに笑っている。楽しそうなその顔腹立つ。
 週末は両親が旅行でいないからと大量にDVDを借りてほくほくしていた私に、最初にスプラッタ系ゾンビものをオススメしたのは蛍くんのくせに。
 「あ、お子様ななまえは怖くて一人で寝られなくなるから無理だよね、ごっめーん」なんてわざとらしく笑うから、こっちもムキになって「平気だし!観るし!」なんて答えてしまったのだ。
 確かに、最終確認までしてくれた彼を振り切って、会計まで済ませてしまった私が悪いんだけど。こんな怖いなんて、想像以上だったんだもの!

「馬鹿じゃないの?」
「……っく!」
「一人でいるとさ、あのドアから……」
「っ!わーわーわー!」

 左手を耳から引っぺがし、直接吹き込む様にして運ばれた情報を簡単に想像出来てしまって。怖くてクッションに顔を押し付け、精一杯丸っこくなって叫んだ。
 絶対うるさいって思われているだろうけど知らない。今日の蛍くん意地が悪過ぎる。

「ぎゃあ!」
「だから、もう少し可愛い声は出ないの?」

 呆れ果てた声は私のすぐ後ろから聞こえてくる。何かが私の体にくっついてきたと思ったら蛍くんで、抱きしめられていると気付いたのは顔をあげてからだった。
 慌てて後ろを振り返ると、息がかかりそうな距離に彼がいて。さっきとは別の意味でドキドキし過ぎておかしくなりそう。

「けい、くん?」
「今度から無理なことは無理って言いなよ」
「ハイ。すみません」
「なまえが一緒にいたいって言うなら、後ろからぎゅってしててあげるけど、どうする?」

 ギギギと音がしそうな程ゆっくりと前を向いた私の耳に、届く声は確かに蛍くんの声なのに。全然彼らしくない言葉と一緒に、回された腕の力が強まって逃げ場がなくなっていく。
 ああ、もう。蛍くんが楽しそうな顔をしていることなんか分かっているのに、心臓がおかしい。顔だってきっと真っ赤で、泣きそうなのも知られている。
 それなのに、可愛くない私はまだ言い返すんだ。

「き、今日の蛍くん、変だよ!優し過ぎる!」
「あっそ、帰ろうかな」
「やだやだ、ごめんなさい!一緒にいたいですー!」

 結局がっちりと腕を掴んでしまって。勝ち目のない勝負に挑むのはこれで何度目かな。そんな反省も、蛍くんの溜息が首元にかかって何処かへいってしまう。
 また笑われると思って身構えていたのに、何も続いてはこなくて。恐る恐る後ろを向くと、ゴツンと額をぶつけられてしまった。地味に痛い。

「最初から素直になりなよね」
「……ごめん」
「まぁ僕もこうなるって分かってて挑発したから、別にいいんだけどさぁ」
「へ?ん……っ!」

 驚いて出た息は押し戻されて、蛍くんによって塞がれた。間抜けにも開いた口に易々と舌が入ってきて、くらくらして事態が全然飲み込めない。
 蛍くんは、何て言った?

「ふぁ……っ」
「素直じゃないなまえが悪いんだよ?」
「蛍くん?」
「今日は親がいないんだーって誘い文句デショ?」
「ち、違っ!」
「最後には抱き抱えて寝てあげるから。今度は可愛い声、ちゃんと聞かせて」

 開放してくれたと思ったら、視界が簡単に反転して。薄っすらと笑った蛍くんはすごく色っぽい声でそう告げるから。いくら鈍感な私でも分かってしまった。
 誘ったとかそんなつもりはなかったんだけれど。頬を滑る蛍くんの大きな手に思わず顔を摺り寄せてしまうと、「心配なさそうだね」って呟いて優しげな目で見てくるから何にも言えなくなってしまった。



***end***

20150222

リクエスト内容:あなた誰?って程甘い月島が彼女を溺愛


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