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今度白状するから


 バイトから疲れて帰ったら晩御飯が待っている。そう思って玄関のドアを開けたら、足元に見慣れた靴が鎮座していた。
 大きな靴。相手が誰かなんて検討がついたけど、知らんふりしてリビングへと突入することに決めた。覚悟が出来る分、いくらかましだ。

「ただい……」
「よう、遅いな」
「……何でいるの?」
「夕食が秋刀魚の日だから?」

 さも当然みたいに来客用のお箸を持って我が家の夕食を貪っている鉄朗がいて。キッチンからいつもより機嫌のいいお母さんが「おかえり」って声をかけてきた。
 鉄朗は一通り夕食のおかずをベタ褒めしては、次々口に運んでいく。私の分がなくなっちゃうんじゃないかと焦って、手だけ洗って慌てて鉄朗の斜め向かいに着席した。

「いつも一緒の研磨は?」
「アイツは自主練付き合ってくんねーからもっと早く帰宅してんだろ」
「そうなんだ」

 お母さんが盛ってくれた茶碗を受け取りながら、自分の家なのに少しの居心地の悪さを感じてもう一人の幼馴染の名前を出してみる。
 まだ短い人生の中でも、二人がバレーに夢中になってからの時間の方がとっくに長くなってしまっていて。私は必要以上に関わるのを止めた。
 寂しく感じることもあるけど、きっとこれが正しいんだ。男の子じゃない私は、どこまでも二人と同じではいられないから。

「一緒に来れば良かったのに」
「何だ、研磨の方がいいみたいな言い方するなよ」
「宿題教えて貰えるし」
「甘い。ゲームの発売日に秋刀魚で研磨は釣れません」

 鉄朗の言い草にそれもそうかと頷きながら、ふと研磨の顔が網膜に浮かんだ。同い年の基本無気力な幼馴染は、今も体を小さく丸めてゲームをしているだろうか。
 頭いいから、勉強教えて貰えるなら研磨がいい。それに鉄朗と一緒に勉強したところで、きっと落ち着かなくて内容なんか頭に入らないから。
 ご飯を口に運びながら、ちらりと斜め前を盗み見る。すると視線が絡まって、柔らかく笑ったかと思うと短い溜息を吐かれた。

「いつもバイトの終わる時間、こんなに遅いのか?」
「いつもじゃないけど」
「もう少しシフト調整しろ。遅過ぎ」
「鉄朗、お母さんより厳しいんだけど」
「何言ってるの。鉄くんは心配してくれてるのよ?ここら辺最近不審者の目撃情報だってあるし……」

 お母さんのスイッチが入ってしまって、最近ご近所で話題になっている不審者目撃情報が流れてくる。ご飯を食べる時にどうかと思うんだけど、鉄朗は意外にも真剣に聞いていて。
 私も何度か頷きながら、気をつけると返事をした。だからといって急にバイトのシフトを変更するとか無理だけど。
 まぁ、変質者だって相手を選ぶだろうし、私なんかが狙われる訳ない。世間でニュースになるような事態にはそう巻き込まれないだろうと、この時は高をくくっていた。



 いつもの様にバイト帰りの駅からの帰路を早足で歩く。その後ろからぴったりと足音が続いていると気付いたのは、駅から歩き出してすぐのこと。
 住宅街は閑散としていて、コンクリートにローファーが当たる音がよく響く。その音にいつもとは違う自分以外のものが混じっていて、妙に近いと気付いたからだ。
 それも、私が携帯を取り出して立ち止まった時は同じ様に音がしない。いよいよ変だと思い始めた時、数日前の変質者の話が蘇ってきた。
 そんな、まさか。もう駆け足一歩手前の速度でも、振り切れずについてくる。焦って握り締めていた携帯を耳に押し当てた。
 家に電話をかけてみても出ない。警察、はまだ早いかな。勘違いだったら恥ずかし過ぎるし怒られるかもしれない。そもそも、事件になってないと動いてくれないんだっけ?
 どうしよう、どうしよう。頭が混乱して何も考えられなくなってきた、そんな時。

「ぶへっ!」
「うわ、色気ねぇ」
「痛っ、すみま……あれ、鉄朗?」
「だからお前遅いって……あ?お前なんでそんなに顔真っ青なんだよ」


 私がぶつかったのは鉄朗で、少しだけ眉毛がよって怒っているみたいな、そんな顔。普段はにやにやした笑った顔しか見せないのに。
 こういう時に真面目な顔するの、ずるい。安心してしまって、涙が零れそうになるのを必死で耐えた。

「何か……変な足音がずっとついてきて」
「マジか」
「今は、わかんないけど本当に!」
「ああ、違う。疑ってるとかそういうんじゃなくて。落ち着け、な?」

 つい大声を出してしまった私を、鉄朗の大きな腕が包む。どくどくと聞こえてくる心臓の音が、ずっと続いていて安心する。
 敏感になっていた耳も、風の音も靴音も運んでこなくて。大きく息をゆっくり吐いたら、もう大丈夫だって思えた。

「はー、焦った。無事で良かった」
「え?」
「だからバイト時間ずらせって」
「ご、ごめん」
「ん。今度から俺の自主練の終わりに合わせろよ。駅から一緒に帰ってやるから」

 目を閉じていると上から聞こえてきたのは予想外の言葉で、思わず上を向いたらニヤっと笑った鉄朗の顔が広がっている。いつもの余裕綽々の顔。
 言っていることは優しいくせに、私にとって全然優しくはない。どうして、ただの幼馴染にそこまで優しく出来るのって。聞きたいけど聞けない。
 そんなことを悶々と考えていると、ぎゅっと手を掴まれてつられて歩き出した。握り締められる様に繋がったままのそれに、どう反応していいか分からない。
 小さい頃は迷わずに握っていられた手を、繋ぎとめておく理由を作らなきゃならなくなった。それは寂しくて苦々しい。
 鉄朗はとっくに男の人で、幼馴染で収まっているには私の気持ちが大き過ぎた。でも、まだこの関係をぶち壊す勇気はなくて。
 その代わり、繋いだ手にきゅっと力を篭めた。鉄朗がそれに反応して、ちゃんと握る手に力を篭めてくれる。こういうところ、鉄朗はすごい。

「はぁー……」
「ん?」
「なまえ……何でもないわ」
「変なの。いつもだけど」
「お前なぁ……まぁ、今日は見逃してやるか」

 そう言って繋がった手を軽く振りながら歩く鉄朗に、結局許されているんだと思う。心配してきてくれたお礼は、家に辿り着いたらちゃんと言わなくちゃ。
 いつになったら帰りつくんだと怖くて不気味だった夜道も、こうして歩いたらすぐに終わっちゃうだろうから。今度は私から手を握ってみようかな。
 その時には、繋いでいていい理由を白状しなきゃいけないだろうけど。



***end***

20150115

リクエスト内容:幼馴染設定で甘

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