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悪くない重み


 両手を突っ張って持っている資料の重みは、一歩進むごとに増している気さえしてくる。日の当たる廊下を歩くと、不快感もさらに倍増された。
 ついていないと言えばそれまで。先生が用事を頼みたいと思った時に、私が目に止まった。社会科準備室まで、持ち辛い資料を運んでいくだけ。
 因みにお駄賃はなし。そんな事を考えている時点でまだ余裕があるなと自分でも笑えてきて、ふっと頭を掠めた気持ちを忘れようとした。

(あー、もう。しつこい)

 いくら追い払っても出てきてしまう雑念は、西谷が恍惚としながら語っていた内容で。潔子さんのお手伝いを縁下くんがしていて、自分だってやりたかったという話だ。
 端から聞いているだけでは意味が分からなかったけど、3年生の潔子さんとやらを見て全てを悟った。遠くから見ても一目で分かる美人。
 普段、西谷が田中くんと一緒になって語るそれは決して大袈裟なものではないんだと理解した瞬間で。私の密かな失恋記念日でもあった。
 もし私があの人みたいに美人だったら、なんて。一方的に見かけたことしかないくせに、劣等感を抱いているとか結構怖い。
 彼女からしたら迷惑以外の何ものでもないからやめたいのに。この重い荷物と汗ばんでずれていく手が悪いんだろうか、つい考えるのを止められない。

「みょうじ、重そうだな」
「えっ」
「持つよ、貸して」
「縁下くん……でも、」
「いいから。じゃあ半分こな」

 急に後ろから声をかけてきてくれたから、吃驚して反応が遅れてしまった。こういう時タイミング良く現れてくれるなんて、縁下くんはすごい。
 眠たげな目を向けたままの縁下くんは、半分といいながらそれ以上の重さを掻っ攫っていく。この人にひっそりと憧れる女子が多いのはこういう所かなぁ、とか。
 心配りの細やかさに見蕩れて、お礼を言うのが遅くなってしまった。

「ありがとう」
「うん。でも、すごい量だな」
「ね、先生も容赦ないよね」

 さっきよりゆっくりと横を歩いているのに、暑さも重さも幾分和らいで。ぐるぐると頭の中で巡っていたあまり宜しくない感情が薄れていく。
 何でもない話を振ってきてくれる縁下くんに頷いたり答えたりしながら、感謝の気持ちでいっぱいだった。

「本当に、ありがとう」
「律儀だな、みょうじ」
「うーん、そういうコトじゃないけど。まぁ、うん」

 眉毛を少しだけ上へ動かした縁下くんは、不思議そうに見てくるけどつっこんで聞いてきたりしてこない。やっぱり縁下くんは良い人だ。
 荷物を持って貰って、その優しさにキュンとか。すごくありがちじゃない?でも重要なことだったりして。私、このまま縁下くんを好きになってもいいんじゃない?
 とか、脳内で提案してみたのに。頭に浮かぶのは西谷の顔ばっかりで、全然見返りなんか望めないくせに後ろめたくなるなんて馬鹿みたい。

「おい、何してる」
「……西谷?」
「俺が荷物持つ!」
「え、でももうすぐそこで……」
「俺が持つ」

 頭の中を占領していた人物が目の前にいて、悪さをしていたのがバレたみたいな気分だ。別に西谷とは同じクラスだから、教室で嫌でも会えるのに。
 でも困っている時に助けてもらえるのは有り難い。この強引さと、何故か私の持っている方ではなく縁下くんの方を奪おうとしている様子は気になるけれど。

「おい、何で俺の方だよ!」
「貸せ、力!」
「だから、みょうじの方持ってやれよ」
「俺のクラスの雑用だろ?俺とみょうじで持っていく」

 そう聞くと理屈が通っている気がして、私は口を挟まずに傍観するに留まった。挑むような目で見上げられて、流石の縁下くんも心中穏やかではなさそうだ。
 ちらりと目配せされて、曖昧に笑ってみる。その様子を目敏く感付いた西谷が、さっさと行くぞと私に向かって言ってきた。
 後から来てそれはないよと思いつつ、嬉しくなってしまうんだからどうかしている。縁下くんに申し訳ないことをしたと思うのに、緩む下唇を噛んで我慢するしか出来ない。

「じゃあ、西谷頼んだ」
「おう、任せろ!」
「縁下くんありがとう、何かごめんね?」

 私が少し頭を傾けると、縁下くんは笑っていて。その穏やかな顔にはしこりが感じられず、バレー部の絆みたいなものを垣間見た気がした。
 西谷の強引さを許しちゃうのは、何も私だけじゃないんだ。もっとも、荷物を持ってもらっている訳だから、私は呆れているだけじゃなくてお礼言わなきゃ。

「西谷、ありが……」
「なぁ」
「……なに?」
「なんで俺を呼ばなかったんだよ。荷物くらいいつでも持つぞ!」

 ぶすっとした顔を隠しもせずに、顔だけ後ろに向けてくる。どこか機嫌が悪そうに思えて、慌てて隣へと駆け寄った。
 強引なところもあるけど、西谷は基本的に優しい。それに厳しいと思うこともあるけれど、言っていることは大体正しい。
 だから、他クラスの縁下くんにまで迷惑かけちゃ駄目だってことだと思う。分かっているのに、反論したくなってしまうのは私の悪い癖だ。

「ありがとう。でも、呼び出すほどじゃあ……」
「一人で持てた量か?みょうじには無理」
「う……でも縁下くんが」
「だから嫌なんだよ!」

 廊下でもお構いなしに大きな声を張り上げるから、すれ違った女の子まで吃驚していた。それ以上の至近距離で受け止める羽目になった私も勿論動揺を隠せない。
 でも、見上げた先の西谷の表情から憤っているのが伝わってきたから。やっぱり目が離せないまま。

「何で力には……他の男には頼るくせに」
「そんな、別に私は」
「みょうじが頼るのは、俺にしとけ」

 言われた言葉をゆっくりと考えてから、吐き出した息に声は乗らなくて。何度か試したのにどれも音にはなっていかずに、じっと西谷を見つめているだけになった。
 頬も耳も真っ赤にさせた西谷が、こっちを睨んで口を尖らせる。何とか言えよってまた大声で言いながら歩き出すから、私も釣られて着いていく。
 言いたいことは沢山ある。潔子さんのこととか、その言葉の真意とか。さっきよりも手に力が入って、持っている紙の端が音を立てながら形を変えていく。
 沢山あるけど、確かめたいのはこれだけなの。

「にし、のや」
「……何だよ?」
「何で怒ってるの?」
「怒ってねぇ!」
「怒ってるよ」
「だー!もう、怒ってねぇよ!力にちょこっとムカついたりもしてない!」

 そう言って噛み付いてくる西谷は、言い切った後は胸を張ったくせに。私の顔を見てバツが悪そうに顔を背けるから、可愛いとか思ってしまった。
 この顔で様々な憶測全部を飲み込んでしまえるなんて。私は西谷を好きで、良かったのか悪かったのか分からない。
 でも、もし私が考えているように、西谷が縁下くんに嫉妬心を抱いてくれているのだとしたら。私の潔子さんへの気持ちも、頭ごなしに否定するものでもないのかもしれない。
 軽い足取りでステップを踏み外し、西谷の肩に自分の肩を軽くぶつけた。

「おい、危なっ!」
「へへっ、にーしのや!」
「何だ、その顔何かムカつく!」
「今度から西谷に頼るね」
「おう、そうしとけ。絶対な!」

 素直に言えた言葉に対して満足そうに笑った顔は、やっぱり大好きな西谷らしいと思ったから。私も一緒になって顔を緩めながら、残り少ない距離を堪能することにした。



***end***

20140830

リクエスト内容:西谷が嫉妬する話

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