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一番上のその上に


 広がる空はどこまでも青く、邪魔する建物もなくて見晴らしがいい。私たちの住む町の小高い場所にあるそれは、眺めているだけの時には想像も出来ないところに運んでくれる。
 窓の外に手をぴったりとくっつけて、しばしば圧巻の景色に見蕩れた。それでも長く続かないのは、狭い観覧車の中に自分だけではないからか。

 目の前の人は頬杖をついて横を向いたきり、外を眺めて黙ったままでいる。ここまで来て観覧車に乗った時点で、無理矢理連れて来られたなんて言うつもりはない。
 それでも今日のやり取りを思い出し、納得出来ない部分もある。夏休みに突入し、油断しまくっていたと言えばそれまで。
 家着のポロシャツに中学の頃の部活動着として使っていたハーフパンツ姿ですっぴんという私を突撃した及川くんは、かっちりきっちりおしゃれ着で。
 いつもの髪型も綺麗にセットされた上に、回覧か何かだと思い込んで前述の格好で不用意に玄関を開けた私を見て、軽く笑ったのである。

「なまえちゃん、油断し過ぎじゃないの?」
「え、え……及川くん?」
「来ちゃった!」

 目の高さでピースサインを作る彼に眩暈がしたのは、夏の暑さのせいではない。急に自分の格好が恥ずかしくなって、勢いよく玄関を閉めた。
 どうしてこんな所に。そもそも、私と及川くんはただのクラスメイトな筈で。夏休みにいきなりお宅訪問されるような関係ではないはず。
 混乱した頭のまま、よれて部屋着に格下げしたポロシャツを引っ張った。もう少し可愛いやつ着ていれば良かったと思う位には、ただのクラスメイトなんて意識はないけれど。

「なまえちゃーん、待ってるから早く着替えてきてね?」

 玄関の向こうから聞こえてくる大声に、一つ溜息を吐いて階段を駆け上がる。普段誰にでも優しいくせに、時折見せる強引な言い草を思い出して覚悟をきめたのだった。

「今日さ、俺誕生日なの!」
「え……それはおめでとう」
「午前中練習試合だったんだけど、終わったらぽいっと体育館から追い出されたワケ!何でだと思う?」
「さぁ。何で?」
「体よく追い払われた!練習し過ぎでまた怪我したら駄目って言われたけど。体育館まで押しかけてきた女の子たちが自主練の邪魔ってだけなんだよね!」

 歩きながらマシンガンの如く喋り続ける及川くんに、ついていくのがやっとだ。目的地も分からず、その女の子たちはどうしたんだろうとぼんやり考えた。
 高校1年の頃から同じクラスで、私が体調を崩した時に家まで送ってくれたこともある。それなのに人気者の彼の誕生日を知らなかったのは、夏休み中だったからだ。
 こっそり眺めているだけで満足で、特別関わっていこうともしなかった。バレーを頑張っている及川くんには鬼気迫るものがあって、絶対に敵わないって悟ったから。

「そっか、すごいね」
「どこが?最悪!でもどうせなら満喫しようと思って」
「及川くんらしいね」

 すごいと思うのは、女の子もそうだ。私には誰もかれも行動力があるように思う。横を歩く及川くんはにっこりと笑って。
 戸惑いのまま足を進めていた私の手を、しっかりと取りながら言ったんだ。

「見かける度にいいなって思ってたのに、乗ったことなかったんだよね」
「なに?」
「観覧車!あれ、一緒に乗ってよ」
「……私が?」
「そ。なまえちゃんからのプレゼントは俺に時間をくれるってことで」

 満面の笑みで見下ろしてくる相手は、そのまま腕を振り回す。一緒になって踊るように歩いていく私の顔は、上手く笑えているかなぁ。



「なまえちゃん、綺麗だね」
「うん。景色すごいね」
「何か全部小さいよね。夜見ても綺麗だったかな」

 窓に目を向けたまま、笑いながら言う及川くんは何を考えているのか分からない。何故私を誘ってくれたのか、貴重な時間なのにいいのかなとか。
 色々聞きたいことがあるのに、肝心なことは何も言い出せない。盗み見た及川くんはまだ外に目を向けていて、狭い観覧車の中でコツンと足が当たった。

「あ、ごめ……」
「こうしてぼーっとしてると嘘みたいだね。昼まであんなに賑やかだったのに」

 クスクスと笑う及川くんがゆっくりと私の正面を見据えて、ざわざわと落ち着かない。思わず壁いっぱいまで足を引いた。
 もしかしたら、バレー部の皆さんは及川くんにゆっくりして欲しかったんじゃないかな。毎日練習で、しかも主将で。チームの皆のことを考えて、誰よりも練習していて。
 そんな人に何もしないでいい時間をあげたかったんじゃないかなぁ。及川くんは追い出されたなんて言っていたけど、そんなことないと思うし。

「及川くん、追い払われたって言ってたけど……」

 私は途中でつっかえながらも、彼に思っていることを伝えられた。ちょっと驚いた顔をしたあと、綺麗に笑う及川くんが何度か頷く。
 長い足を伸ばして崩し、手を組みなおして少しだけ前のめりになって。その手の上に顎が乗ったと思ったら、人差し指はピンと張って上へと向けられていた。

「もうすぐ着くよ、一番上」
「そっか、もうすぐだね」
「なまえちゃんが思ってること言ってくれたから、俺もただ思ったことを言うよ」
「えっと、うん?」
「何してもいいって言われると何していいか分かんない。でもさ、頭に浮かんだのはなまえちゃんだけだったんだ」

 こちらを見たままの目が優しくて、それなのに落ち着かなくて。私は膝の上で握りこぶしを作ったまま、何も口を挟めない。
 それでも、及川くんも答えを求めてはいないのかもしれない。一瞬視線を窓の外に移して、それからまた戻ってきた。あ、眉毛が少し垂れた気がする。

「こんなこと言われても困るよね、たいして仲良くもないしさ」
「……えっと、」
「はぁ、格好悪い。もっといくらでも用意周到に出来ると思うのにさ、馬鹿みたいだよねぇ?」

 これも同意を求められている訳じゃないんだろう。それでも何か考えていないと、自分の妄想に取り付かれてしまいそうだった。
 とりあえず。言わなきゃいけないのは、そうだ。

「及川くん」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう」
「はは、ありがと」
「一緒にいられて嬉しいよ」
「うん。ごめんね?」
「そんな、私、本当に……」
「違う。今からもっと戸惑わせるから」
「え……」
「てっぺん着いたね。好きだよ、なまえちゃん」

 頂上にいられるのは一瞬で、観覧車が止まることなんかないけれど。動き続ける何もかもが、私には止まって見える。
 及川くんが困った様に言った一言には、彼自身の迷いも含まれている気がした。それでも、答えを求められていなかったとしても。言いたいと思っちゃったから。

「私もって言ったら、困らせちゃうかな」
「それは、誕生日特典じゃなくて?」
「なかったことにしたい?」
「まさか。でも俺は……両方は取れない」

 いつの間にか姿勢を正して座っていた及川くんの肩が揺れている。それなのに意外にも不器用なこの人が、ぐっと近くに感じて嬉しかった。
 私はバレーが一番な及川くんが好きだよって告げたら、やっぱり困った顔したまま許してくれるだろうか。



***end***

20140720

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