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寛大な彼女


 その光景を見るまでは、私はご機嫌で廊下を歩いていて、ある人物を探していた。花巻がシュークリーム好きだと聞いて苦節一ヶ月。
 不器用な私が修行して、シュークリームを膨らませられるようになった。この分量なら絶対成功するという自信をつけて、さらに数日。
 知らないふりして「シュークリームって美味しいよね。家で作って食べるよ」なんて言ってのけたのが昨日のこと。一世一代の大根演技に、気づく様子もない花巻が言った。

「おお、俺シュークリーム好きなんだわ。作ってきてくんない?」

 それなのに。当の本人は廊下で女の子と騒いでいて。その女の子の手には、市販のシュークリームが握られていた。嫌な予感で頭痛までしてくる。

「ねーね、これ及川くんにあげたいんだけどぉ!」
「はぁ?何であんなハンガー……つか、自分で渡しなよ」
「えーっ!花巻冷たーい!」
「俺の方が絶対シュークリーム好きだし。渡せとか拷問だわ」
「そうなの?じゃあ花巻にあげるー!」

 その瞬間、嬉しそうにはしゃぐ女の子から花巻の手にシュークリームが渡っていった。ヤラセ番組を見た時みたいな後味の悪さを覚える。
 何が「そうなの?」だ。花巻がシュークリーム好きなんて一部じゃ有名だし。それ、最初から花巻に渡すつもり満々だったくせに。
 心の中で散々悪態をついてみても、その事実は覆らない。胃の辺りが本当にムカムカしてきて、教室へと大股で戻っていく。
 自分の席へと辿り着くと、保冷バッグを取り出して少し強めに机へと叩きつけた。形が崩れたり中身のクリームが飛び出したりしたかも。
 でももう、自分しか食べないことが決定的になったから気にしない。はりきり過ぎると引かれるかと思ってタッパに詰めてきたのも、悩んだけど大正解だった。
 一呼吸おいて罪のない食べ物を睨む。そうしていないと競り上がってくる涙を、唇を噛んでなかったことにした。

「いただきまー……」
「お、シュークリーム」

 まさか、花巻がこんなに早く戻ってくるとは思わなくて。口を開けたまま瞬きを一つ。手の中にあるあのシュークリームが目に留まって、つい偉そうに言ってしまった。

「私が食べるの!」
「そんなにいっぱいあるんだからくれたっていいだろ?」
「花巻くんにはソレがあるから要らないんじゃないですかね?」
「なに、怒ってんの?」
「別にぃ!」

 それならいっか、なんて言いながら手を伸ばしてくる花巻。それを払いのけることもシュークリームの入ったタッパを動かすことも出来ない私。
 すでに負けている気がする。

「うま!マジでなまえの手作り?」
「……うん」
「もう一個ちょうだい」
「ごめんね、小さくて!」
「食いやすいだろ」
「どうせカスタードも市販のみたいにトロっとしてないし!レンチンだから」
「普通に上手いよ」
「普通に、ね」
「ちょーうまい」

 シュークリームなら何でもいいのか、ご機嫌で何個も飲み込んでいく。簡単に作れるからカスタードクリームはレンジで作ったけど、味は美味しいとは思う。
 でも当然市販のものには適わないし、まだ大きいやつを上手く膨らませる技術がないから小さいやつばっかり。あんまり長時間置くと外のカリカリもなくなっちゃう。
 保冷材でガチガチにして持ってきたランチバックは重いし、シューの形だって不恰好だけど。喜んでくれる花巻に、やっぱり持ってきた甲斐はあったなぁと思ってしまうんだ。

「そっか、うん」
「なぁ、ヤキモチ?」
「は、はぁ?」
「見てたの?コレ受け取った時」

 ニヤニヤと頬杖をつきながら顎を突き出す花巻に、きっと私の顔が赤いんだと気付いた。悔しくて苛々して腹が立つのに。
 花巻がそんなことを気にかけてくれたのはどうしてだろうって、そんな都合良い考えを捨てきれない。心臓がドキドキうるさくて、聞こえないでと祈った。

「で、違うの?」
「……黙秘します」
「これ、最初及川に渡せって言われたやつだからな?」
「そんなの!嘘に決まってんじゃん!花巻の好物だって知ってて渡したに決まって……」
「へぇ、なまえはそう思ったわけだ」

 にっこりと笑う花巻に、やられたと思ってももう遅い。単純で馬鹿な自分を呪った。頬杖をついた手とは反対の手で持ち上げられたシュークリーム。
 大きくて美味しそうで、濃厚クリームでリッチな口解けらしい。知るか。

「これ、返してこよっか?」
「食べたいんでしょ?」
「食べたいね」
「……じゃあ、」
「でもさ」

 その袋を机に置いて、頬杖をつくのもやめてしまった。背筋を伸ばしてきちんと座った花巻は、やっぱり背が高くて格好良い。
 悔しいけどこんなことしか思いつかないよ。若干恨みがましく睨み上げて、次の言葉を待っていた。

「彼女が嫌がるなら話は別だろ?」
「かの、じょ?」
「彼女がヤキモチ焼くから受け取れないって言えるんだけどな、彼女がいるなら」

 ゆるゆると花巻の言ったことが染み渡って、空いた口が塞がらない。すぐに反応しない私を見てゆっくりと笑ってから頬をかいて目を逸らす花巻。
 あくまで最終判断は私に委ねられているらしい。机の上のシュークリームに目を落とす。大きくて美味しそうで、やっぱり市販のものは魅力的だけど。

「あ、おい!」
「ん、ん、甘ぁ。おいひ、」
「……マジか」
「花巻は私が作ったの食べたんだから、物々交換ってことで」
「おお、なまえってば怖いな」

 そんな風にからかってくるくせに、簡単に奪い取ることだって出来るくせに。意地でも食べ進める私に、制止の声も手もかからない。
 余裕綽々でムカつく。ああ、でも。彼女にしてやってもいい位には考えてくれていると思うと、ムズムズするのを止められない。

「次から」
「ん?」
「次からは、彼女以外からの貢ぎモノは受け取らないってことにしてよね」
「っぷ!貢ぎものだったの、コレ」
「胃袋掴む用だもん!」
「ばーか。俺はとっくにつかまってるよ」

 目を半目にしたまま笑い続ける花巻は、やっぱり私より気持ちに余裕がありそうだったけど。耳の端っこが赤かったのが分かってしまったから、からかうのはナシにしてあげよう。
 うん、私ってばすごく寛大な彼女じゃない?



***end***

20140708

リクエスト内容:同学年で他の女の子に嫉妬

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