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箱の中の戯れ


 総合受付で保険証から何から手続きをしたのも私なら、7階の整形外科の椅子まで連れてきて座らせたのも私だ。
 鉄朗は渋々といった態度を崩さず、いつも以上に気だるそうに足を投げ出していた。それを他の人が引っ掛けるといけないからと注意すると、お前はその心配なくていいな、なんて声が返ってくる。

「喧嘩売ってる?」
「なまえは大袈裟なんだよ」
「何言ってるの!監督もコーチも行けって言ってたよ?」
「お前が言わせたんだろーが」
「今誤魔化して、肝心な時に痛みで力が出せなくても困るでしょ?」

 私が譲るつもりのないことを悟ったのか、鉄朗は溜息一つで話を終わらせてしまった。練習中に感じた違和感の正体に気付いた時はかなり焦ったけれど。
 当の本人は飄々としているものだから、こっちが心配を募らせてしまう。3年最後の大事な時期を前に怪我なんて最悪だと病院に連れてきた。
 でも鉄朗にとっては、お節介だったのかもしれない。

「呼ばれてるよ?」
「へいへい」

 制服姿の鉄朗は、体育館で見るより細身に見える。立ち上がって歩き出す後ろ姿に、左足を庇うような歩き癖はなかったけれど。
 履き替えてもらったスリッパは、少し擦れる音を出して診察室へと消えた。



 鉄朗の診察を待っている最中、足元に小銭が転がってきた。私のローファーにぶつかって止まった100円玉は、鈍い音を立てて振動した後ぺたりと倒れる。
 それを中腰のまま追いかけてきたのは、私と同じ様に制服を着た男の子だった。100円を拾い上げてそれを渡す。軽く会釈をくれた相手は、受け取る手が震えていた。

「すみません」
「いえ」
「ジュース飲みたくなっちゃって」
「あ、利き手ですか?自販機に入れましょうか?」

 制服から伸びた右手の肘に湿布が貼られていて、財布から小銭が飛び足してしまったのはソレか、なんて考える。
 相手は「悪いです」なんて顔を振ったけれど、私も一緒になって歩き出す。こういう時は助け合いだと思う。すぐ後ろにある自販機まで来て、もう一度掌を晒して言った。

「どうぞ?」
「本当に、すみません」
「いいえ、こういうのは……」
「あのっ!」
「なまえ」

 男の子が何かを言いかける前に、鉄朗の声がそれを遮る。振り向くと、先程よりも威圧感のある目をこっちに向けて立っていた。
 私は慣れっこなので作業を続けたけれど、初対面の男の子は肩を震わせる。気付くとガコンとジュースが落ちてきて、早々に走って行ってしまった。
 しばらく無言のまま睨み合うこと数秒。先に口を開いたのは鉄朗だった。

「全く。目を離すとすぐコレだ」
「先生は何て?」
「……軽い捻挫」
「そっか。湿布出てる?薬局寄って帰ろうね?」

 鉄朗が持ったままのファイルを勝手に貰い受けて歩き出す。不服そうな鉄朗に首だけを竦めた。何も後ろめたいことなんてしていないもの。
 そう思ったものの、腕組をしたまま私を睨みつける相手には通じないのかもしれない。

「お前さぁ、何で診察室まで来ないんだよ」
「え?」
「お節介ついでに説明も聞けば良かっただろ」

 いつもより低い声がすぐ後ろから迫ってきて、エレベーターの昇降ボタンを押す手の感覚が鈍る。さっきの男の子もこんな気分だったかと思うと、怪我していたのに申し訳ない。
 ちらりと上を見上げると、エレベーターはまだ9階で止まっていた。早く来てとまだ来ないでという思いが混じって、反論の声は少しだけつかえる。

「い、いつも嫌がるでしょ」
「他の男を引っ掛けてる位なら俺のご機嫌取りの方が有意義だって思わねぇの?」

 鈍い音がして、エレベーターのすぐ隣の壁に手をついたのは鉄朗で。耳に届く息遣いは、鉄朗が私に合わせて屈んで来たことを知らせている。
 怖くて後ろを振り向けない。それなのに、体の奥が熱くなってしまうのを自覚した。

「ほら、来たよ」

 止まっていた時間を進めたのはエレベーターが来た事を知らせる鈍い音。私は天の助けだと滑り込んで、開くボタンを押したまま。
 鉄朗がゆっくりと入ってくる。生憎誰も乗っていない中を覗き込んだ男は、ニヤリと笑いながら私に目を向けてきた。嫌な予感しかしない。

「なまえ」
「や、ちょ……て、っん!」

 1階のボタンを押す前に、鉄朗が私の手を捕まえる。まだ開いたままのエレベーターは、鉄朗が私の方へ覆いかぶさってきた事で傾いた気がした。
 手前の隅にいた私に逃げ場などない。がっちりと後頭部を押さえつけられて、噛み付く様に唇を塞がれた。

「や、め……」

 私の体を撫で回していた鉄朗の右手が伸びてボタンを押すと、エレベーターの密室が完成する。肘で押さえつけられている体がドクドクと煩い。
 何か反論をしようと思ったのに、再び私の体に戻ってきた右手が躊躇いもなく服の上から下着を押し上げるように胸を潰すので、それどころではなくなった。

「ふぁ、っん」
「なまえ、舌出せ」
「や、だぁ、ぅ……ぁっ」
「強情だな、本当に」

 強引で勝手なのはどっちだと思いながら、そんな事は口から滑り出ない。代わりに私の口内を満たしている鉄朗の舌が絡まって、目の前にある制服のシャツをぎゅっと握った。
 条件反射のそれに気を良くしたのか、鉄朗の手が器用にボタンを外してシャツの中に滑り込んでくる。こんな所で何てこと。そう思うのに、後ろの鏡に映る自分は欲に塗れていた。

「や、ぁ、鉄ろ……」
「なまえは俺の心配だけしてればいい、だろ?」

 何時の間にか後頭部にあった筈の手が下に滑り落ちていて、スカートの中に入り込む。緩急をつけながら中心部に向かって撫でられているその手を、止めなきゃいけないのに。
 このままエレベーターが止まったままなら、なんて心の何処かで思ってしまったことを後悔した。急に動き出したエレベーターに、膝が笑って壁に叩きつけられる。

「っと、大丈夫か?」
「離してよ、平気」
「真っ赤でフラフラなんだがな」
「うるさい」

 私は鏡のある壁まで歩いて鉄朗から距離を取った。隣に並ぼうとする鉄朗を無言で睨んだまま圧力をかけて、それを阻止する。
 5階で止まったエレベーターの開いた扉から、楽しげな声を弾ませて男の子が乗り込んできた。お母さんがすみませんと会釈しながらそれに続く。
 どうやらおばあちゃんのお見舞いらしく、「おばぁちゃん、楽しかったねー」と繰り返し母親に聞いていた。背伸びしてボタンを押す姿まですごく可愛い。
 男の子は鏡まで直進して、手すりに掴まったと思ったらぐりんと私の方を向いた。好奇心に溢れた二つの目が見上げてきて、しっかりと合ってしまう。

「おねーちゃん、大丈夫?」
「え……?」
「お顔真っ赤。かぜ?」
「っ!」
「……っぷ、そうだなー?お姉ちゃん大人しくしてないと、な」

 いつの間にか再び距離をつめてきた鉄朗によって、頬を撫でられていた。うんうんと満足気に頷く男の子の手前、抵抗らしい抵抗も出来やしない。
 手の感覚にさっきまでの出来事を思い出して、顔が熱くなってくる。本当に熱、出てないよね?

「ばいばーい!」
「ばいばい」
「すみません、ありがとうございました」

 先に下りていく親子を見送ってからエレベーターを脱出する。その間も楽しそうにしているだけの鉄朗は全く頼りにならない。

「部活は無理だし二人きりだし、続きする?」
「しません!」
「だよなぁ。それ以上赤くなったら、なぁ?」

 なんて全然困っているようには思えない口振りで言う。腹立たしいけれど鉄朗の態度からは怒りが見受けられなくなっていて、結果的に良かったのかもなぁと思う。
 言っとくけど学校に報告かねて帰るからね、という言葉を飲み込んで。鉄朗を支える振りをしてその腕に手を絡めた。
 少しだけ、さっきの続きを望んでいるのは悔し過ぎるから絶対に言わない。



***end***

20140624

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