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手がかかる


「みょうじさん、今日の日直俺とだから」

 朝、そう言って私を呼び止めた声に後ろを振り返る。すでに日誌を持ってきてくれていた赤葦くんは、落ち着いた調子でそう言った。

「おはよう。ありがとう」
「ん、黒板は俺が消すよ。あと、今日は英語でノート提出あると思う」

 テキパキと指示をくれる赤葦くんの手腕は、惚れ惚れする位的確だ。前に日直になった時も任せっきりになってしまって申し訳なかった。
 何でも、部活の先輩の世話を焼いている内にこういう役回りが自分に向いていることに気付いたのだとか。後輩じゃなく先輩というところに疑問を感じたけれど、そこは無難に頷いておいたのを覚えている。

「いつもありがとう。その、気が回らなくってごめん」
「え?」
「今日は日直だーって気付いてたから、一応早めに来たつもりだったんだけど」

 前回も日誌を持ってきてくれたのは赤葦くんで、返しに行く時も部活に行くついでだからと持って行ってくれた。
 だから今日こそ持ってこようと意気込んで早めに学校に着いたものの、一番乗りだと思っていた教室には赤葦くんがいて。
 実はそのことに少しだけ拗ねて、赤葦くんがいることに気付いていたのに自分の机に着くまで視線を向けなかったのは内緒だ。

「ああ、それで……」
「ごめんね!ちゃんと仕事やるからね」
「日誌なら気にしないでいいよ。朝練あったし取りに行くのはついでだから」

 納得した様に小さく頷いた赤葦くんに謝罪を述べてみれば、思ってもない事実が発覚。バレー部が強豪だとは聞いていたけど、朝練までやっているとは知らなかった。
 私がどんなに早く来たところで、日誌は取りに行けなかったのかもしれない。いや、朝練中に取りに行けばあるいは。
 でも、それなら赤葦くんが知らずに職員室に行っちゃうから意味ない。

「黒板消すのも私がやる!」
「いや、いいよ。上の方届かないだろうし」
「それは……っ!」
「俺の方がかなりでかいのに手伝わないとかないから」

 至極当然みたいに言われて、言い返すことも出来ない。自分の背が小さいのは事実だし、赤葦くんが大きいのも見れば分かる。
 それなのに表情も変わらないまま冷静に言い聞かせる様に言われて、申し訳ない気持ちともどかしい気持ちが半々だ。

「分かった。じゃあ、ノート集めるのは私がする!」
「いや、手分けした方が……」
「大丈夫!何なら持っていくのも私がするから!」

 胸元を叩いて軽く決意表明をしたら、涼しい顔をしていた赤葦くんの顔が僅かに曇って。刻まれた眉間の皺は、私と視線が合うと定位置へと戻っていった。
 珍しいなと疑問が浮かぶ。聞いてみようかと思ったけれど、授業時間が近づいてきて段々クラスが騒がしくなってきたので確認は出来なかった。



「こっちに提出してねー」

 授業終わり、ノートを集めようと直立したまま声をかける。順調に集まっていくノートを数えながら、誰が未提出か確認出来るようにと名前順に並べ替えた。
 だけど、一番上にくるはずのノートが見つからない。赤葦くんに声をかけようとしたところで、私の目の前にノートが飛び込んできた。

「わり、遅れた!俺で最後?」
「ううん、まだ大丈夫だよ」
「これだけあるとノートでも重そうだなー。俺が半分持ってってやろうか?」
「あ、それは……」
「いい。俺の仕事だから」

 いつの間にか目の前に来ていた赤葦くんが、男子が無造作に一番上に重ねたノートを摘み上げる。そして名前順に並べてから数を数え始めた。
 驚いて何も口を挟めない私達をよそに、赤葦くんは自分のノートを一番上に置いて半分以上を持ち上げて言った。

「みょうじさん、行くよ」
「は、はい!」

 机に残されたノートを持って顔を上げると、もう赤葦くんは教室から出て行こうとしていて。足の速さに驚きつつ、慌ててその後を追った。

「えーっと、赤葦くん」
「……なに?」

 すぐに追いつけたけど正直気まずい。黙って歩く赤葦くんが怒っている様な気がして喋りかけたものの、低い声に身が竦んだ。
 またやってしまった。自分でやると言ったくせに、結局は赤葦くんの負担が大きい。今だって持っているノートは軽くて、赤葦くんの持っている方が数えるまでもなく多い。
 でも、もう少し持つよとは言い出せない。何故か理由は明確にこれって言えないんだけど、そう言うともっと怒らせる様な気がした。

「ごめんね、日誌は私が書いて提出するから。その間に赤葦くんが黒板消したら、早く部活に行けるよね?」
「えっと、放課後の話?」
「うん。黒板も消しておくよーって言えないのが情けないけど……本当にごめん」

 私が椅子を持ち出して黒板の上まで消そうとしたところで、赤葦くんは見かねて手伝ってくれると思うから。だったら分担した方が効率いい。
 そう思って謝りつつ提案したけど、赤葦くんの表情が少し驚いた顔をしていて。何で今のタイミングで驚くのかなって首を傾げると、視線を逸らされて合わなくなった。

「もしかして、俺が部活遅れるとか気にしてた?」
「うん。ついでって言ってくれるから前回はつい甘えちゃったし!でも、ちゃんとやるからね?」
「……なかったんだ」
「うん?」

 赤葦くんが口の中で呟いた言葉は聞き取れなくて、前のめりになって顔を覗き込んでみる。すると彼は吃驚して、その後何故か溜息を吐いた。

「いや、俺と日直が嫌なのかと思ってたから」
「何で?赤葦くんが嫌なら分かるけど私が嫌なのはおかしいでしょ!」
「俺が嫌がってる様に見えた?」
「うーん?見えないけど、赤葦くんの負担が大きいから嫌だったかなって」

 顔を見て言う自信はなかったから、姿勢を戻して正面を向いて言ってみる。すると斜め上からもう一度溜息が漏れ聞こえてきて、ますます赤葦くんの方を向けなくなった。

「確かにみょうじさんは少し手がかかるけど。俺は好きな人の世話を焼くのは嫌じゃない」
「……えっ?」
「ここまで言っても、分からない?」
「それは、部活の先輩の話、と混合している訳では……」

 ゆっくりと見上げると、一層冷ややかな目を向けてくる赤葦くん。好きとか言った人の顔には見えなくて、冷や汗が流れてきたのは私の方。
 気付けば立ち止まってしまっていて、少し手前で立ち止まった赤葦くんは口を引き結んだまま。何か言わなきゃ、その前にまた待たせているし追いつかなきゃ。
 そんな風に焦って一歩を踏み出すと、意識が散漫になっていたせいか持っているノートを廊下にぶちまけてしまった。

「うわぁ!ごめ、ごめんなさい!」
「ほら、手がかかる」

 酷いことを言われた気がするのに、赤葦くんの眼差しは酷く優しくて。持ち分のノートは片手で持てるほどに減った上に、転んだ訳でもないのに引っ張りあげてくれた。
 ぱちんと頬を叩くと自分の顔が熱い。変化が乏しい筈の赤葦くんの顔が先程とは劇的に違って機嫌が良さそうに見えるのは、私の主観では無いような気がした。



***end***

20140530

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