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仕組まれた放課後


 ピカピカだった制服も、少しだけ着慣れてきて体に通す時に違和感がなくなってきた5月。この頃私には、すごく気になる人がいる。
 背が高くて、綺麗な目立つ猫毛で。知的なイメージのある眼鏡がとてもよく似合っていて、目が合うと少しだけ睨まれて、それから逸らされる。
 でもクラスの誰よりも目が合う回数が多いから、これは私が気にし過ぎて彼を見過ぎる所為かもしれない。同じクラスの月島蛍くんは、私から見てそんな人。

(あ、また目が合った……)
「……という訳だから誰か……オイ!みょうじ、聞いてたか?」
「ふぁ、あ、はい!」
「誰も立てとは言ってないぞー!」
「す、すみません!」

 先生に呼ばれて勢いよく立ち上がったら、そう言われてクラスに笑いが起こった。ちょうど今度の学年行事のしおり作りをする係を決めている最中で、聞いてなかった私が悪い。
 恥ずかしくなってすごすごと座ろうとしたら、先生の明るい声が続いた。

「そうだ、お前やれ。決定な」
「ええっ!」
「立ってるし丁度いいじゃないか」
「そん……は、はい」

 周りの目がこっちに集中している気がして、大きな声で抗議するのは気が引ける。ちらりと黒板を見れば、女子の文字の下に自分の名前が書かれていた。
 しおり作成かぁ。やることは決まっているから単なる雑用係だ。委員会も別にあるし、部活に入っている人は忙しいだろうし、やりたくないよね。
 幸い私は部活も入っていないし、嫌がる人が多いなら文句を言うのは止めておこう。数秒間で折り合いをつけて、自分の机の傷に焦点を合わせた。

「じゃあ男子……」
「はい、やります」
「おお!月島、やってくれるか」
「いつまでも決まらない方が面倒なんで」

 慌てて顔を上げて月島くんの席の方を見ると、もう挙手したと思われる手を引っ込めているところで。クラス中に広がるざわめきの中に、女の子の悲鳴に近い声が混ざる。
 「月島くんがやるなら私がしたかった」そんな声が聞こえてきて、肩を小さく竦ませた。クラスの子の反応はもっともで、私もまさかこんな役を月島くんが買って出るタイプには思えなくて。
 こっそり覗き見た月島くんの表情はいつも通りで、小さく溜息を吐き出している。じんわりと温かさで満たされていく心に落ち着けと呟きながら、私もゆっくりと息を吐き出したのだった。



 しおり作成係とは名ばかりで、去年のしおりの日付だけを変更して人数分用意するだけ。印刷してきたクラス分のプリントを抱えて、ホッチキスで留める方が手間だ。
 授業が終わってから作業をするので、月島くんは部活に遅れてしまうことになる。私はそれを気にしていたけど、彼は立候補した形だしと思って聞き出せずにいた。

「なに?」
「えっ?」
「さっきからこっち見過ぎ。手が止まってるんだけど」
「わ、ごめんね!やります」
「全く、トロいよねぇ」
「すみません……」
「そんなだからこんな面倒なこと押し付けられるんだよ。全く、勘弁してよ」

 口を開けた途端始まる集中砲火と冷たい視線に、金縛りに遭ったみたいに動けなくなる。手を動かさなきゃならないと思うのに、謝罪の言葉しか言えなくて。
 月島くんが嫌々こんなことをやっている、ということが伝わってきて申し訳なくなってきた。

「ごめんね、部活行きたいよね」
「別に。理由説明したら仕方ないって言ってたし」
「う、何なら私、一人で……」
「……は?」

 仕方ないってことは決して快く承諾してくれた訳じゃないと思って、提案してみたけれど。これ以上ない程冷たい声に、もう口すら動かなくなってしまった。
 どうしよう、じんわりと涙が競り上がる。でもここで泣いたら鬱陶しいし、うざい。俯いてプリントの角を睨んでいたら、月島くんの淡々とした声が降ってきた。

「みょうじさんって、馬鹿なの?」
「……っ!」
「僕が何の為にこんな面倒なことしてるか、考えたことはないワケ?」

 予想外の質問に顔をあげると、月島くんは私と目が合った瞬間にまた顔を逸らしてしまう。その仕草が何だか可愛くて、溢れそうだった涙が引っ込んだ。
 そういえば、こういう事を積極的にする様に見えないと思っていたのに。立候補してくれたのは何故だろうって考えたことが無かった。

「あの、月島くん」
「なに?」
「月島くんが手を挙げてくれたのは、もしかして私の為って思ってもいいのかな?」

 何もせずには聞けなくて、無意味に掴んだプリントが手の中で音を立てる。このしおり、私用にしなきゃ皺だらけかも。
 ドキドキと心臓の音が大きく聞こえて、月島くんの返事を待つ時間が永遠かと思うくらい長い。こんな大胆なことを言ってしまって、変だと思われるかな。

「何でそう思うの?」
「えっと、月島くんと目が良く合うから。私がトロいって見抜いてたし、逐一目に付いて気になるのかなって思って」

 正解だと思うままを、背筋を伸ばして言ってみる。いつの間にかこっちを見てくれていた月島くんは、私が発言する内に眉間の皺をさらに濃くさせた。
 そうして、一息ついたところで盛大に溜息をつくんだ。あれ、間違いだった?

「嫌な予感がするんだけど」
「え、違った?私中学でも、友達から鈍臭くてよく目につくって怒られたりしてたから」
「君は鈍臭いんじゃなくて、鈍感なんじゃない?」

 眼鏡を長い指で押し上げて、かけ直した月島くん。表情が見え辛くなった分、漏れ聞こえてくる再びの溜息が大きく聞こえた。
 どうしたらいいか分からずに見上げたまま首を傾げてみると、指が眼鏡からさらに上へと伸びて眉間の皺に触れる。
 左へと逸れた視線からは、何を考えているかまでは汲み取れなかった。

「何で目が合うと思う?」
「えっ?だから……」
「何でみょうじさんがトロいからって、僕が手伝わなきゃならないの?」
「それは月島くんが……優し、」
「流石に思ってないデショ。馬鹿なの?」

 問いかけはもう質問ではなくて、月島くんの中で私は馬鹿だと決定してしまった様だ。掴んで皺を作ってしまったしおりに手を伸ばされて、机に置かれた。
 真っ直ぐに合った目からは何時の間にか呆れた表情は霞んでいて。優しげな瞳がこっちを見ているから、彼が優しいってことも間違いじゃないと思った。

「僕はこんな面倒なこと、本来ならやりたくないけど?」
「えっと、そう、だよね?」
「だからさ。何でやってるか、分からない?僕はお人好しには見えないよね?」

 机に置かれていたはずの手が、プリントの端を握っていたままの私の手に触れる。大きくてごつごつした手は、中学の時に私を引っ張ってくれていた女友達のそれとは全く違っていた。
 当たり前だけど、男の子だ。その事実がじわじわと指先から熱を伝えてきて、顔まで赤くなっていくのは時間の問題だった。

「あ、あの!月島く……」
「はっ、あとは自分で考えたら?」

 答えはもう少し後に聞くから。そんな風に言われてあっさりと手を離してくれたけど。その前にぎゅっと絡められた指と、笑ってくれた顔が頭から離れなくて。
 案の定作業効率の上がらない私は、月島くんに小言を貰いながら作業を次の日まで持ち越してしまった。



***end***

20140514

リクエスト内容:鈍感主人公に積極的に行く月島

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