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隙間から春


「……ん、ふぁ……っ」
「っ、あちー……」

 重ねては離れる唇から、漏れ聞こえてくるリエーフの声が私を現実に引き戻す。少しだけ力を篭めて胸板を押すと、距離が出来て淋しく思うのだから煩わしい。
 ゆっくりと目を開けると、エメラルドグリーンの瞳は私を此処に引き摺り込んだ時と変わらず物欲しそうで。
 真正面からその光を捉えたことに後悔しても、もう遅い。後頭部をその大きな手で一掴みされると、再び重なった口内に舌が割って入って来た。

 今ならまだ引き返せるかもしれない。そんな考えを見透かされたみたいに、執拗に追ってくる舌はすぐに思考を溶かし込む。
 体のバランスを崩して思わず後ろへと伸ばした手は、すぐに窓ガラスにぶち当たった。冷た過ぎる感触が、熱くなった体を嫌という程自覚させる。
 コーチの車の後部座席でこんなことをしているなんてどうかしている。そんな否定的な考えと、甘い空気に流されていたい気持ちとが。
 私の首から鎖骨を滑る予想に反する優しい手付きの所為で、忙しなく往復していた。



「わー!桜すげー!」
「直井コーチ、良くこんなトコ……」
「まぁな。猫又監督はお好きだから」
「「「ですよね」」」
「「「花見だーっ!」」」

 満開の桜を前に、皆少なからずテンションが上がる。微風に舞うピンクの花びらに心が浮かれていたのは、何も私だけではないらしい。
 バレー部は今日も午前中は練習をしていた。ところが体育館から眺める桜を見て、「花見の時期だな」と監督が唐突に呟く。
 そうなるともう、飲兵衛の監督を誰も止められなかった。あれよと言う間に、午後から穴場の公園で花見と言う名の宴会をすることになって。
 直井コーチの車で買い出しまでして、気付けば猫又監督はお酒片手にご機嫌になっていた。

「うわー、重っ!」
「リエーフ!監督につまみ!」
「はーい……ってどれすか?」
「犬岡!弁当!」
「どうぞ!」
「柴山、炭酸は?」
「はいー!」

 1年生は皆、給仕に忙しそう。私もマネージャーという立場だし、荷物運びを手伝おうと思って声をかけた。

「柴山、私も飲み物運んでくるよ」
「えっ、みょうじ先輩はいいですよ!此処から車まで結構遠いですし、重いですよ!」

 この公園が穴場な理由って、多分これだ。駐車場から桜が咲いている場所までの距離がかなりある。お花見って色々持ち込むから運搬も大変。
 箸やお絞りを配りながら、数が足りているか確認する。結局体の大きいリエーフが重い飲み物を車まで取りに行かされていて、ちょっと申し訳なく思った。

「「「乾杯ー!」」」
「お前等は酒飲むなよ?」
「「うーっす……」」

 鋭い眼光で皆を見回したのは一瞬で、猫又監督はすぐに自分の紙コップを傾ける。一杯目の美味しさは格別らしく、飲めないコーチへの遠慮も忘れ去る位のようだ。
 皆は練習の後ということもあってか、お弁当に勢いよく食い付いた。コンビニの行楽弁当を馬鹿にしてはいけない。
 彩りも鮮やかで旬の食材も使われていて、少しずつ盛られているのが何とも可愛らしい。箸をつけるのも躊躇われたけど、美味しそうな誘惑に勝てずに一口目を口に運んだ。

「んん!美味しいー……」
「旨いっすよねー!」
「わ、わ、リエーフ!」
「そんな驚かないでくださいよ」

 お弁当を口いっぱいに頬張りながら、眉をへの字に曲げたのはリエーフで。彼は何も悪いことをしていない分、申し訳なさが先に立つ。
 それでも、緩みきった顔を見られていたかもしれないという恥ずかしさの方が、私の気持ちを押し上げていた。

「桜、綺麗っすね!」
「うん、そうだね」
「このピンク、先の方は白くてなまえさんみたいですよね!」

 そんなことを言われたら、どう反応したら正解か分からない。リエーフの目付きが、バレーをしている時の様に鋭くなっていくのを見ているのも耐えられなかった。
 皆が好きな様に騒いでいるとはいえ、気付かれたらどうしようかと気が気じゃなくて。隣に座っているのも落ち着かなくて、ゴミを集めたり飲み物を補充したりと、無駄に動き回っていた。

「ゴミ捨て遠いんで、俺も一緒に行きますよ」
「えっ!?だ、大丈夫……」
「というか、そろそろ避けるのは止めてもらっていいですか?」
「う、あ……デスヨネ」

 持っていたゴミ袋を奪われて、リエーフが隣に並んだ。見下ろされた顔に怒りは見受けられなかったけれど、私の顔は勝手に熱くなっていく。
 だって困る。まだ、答えが分からなくて。真っ直ぐに好意を向けられているのは、とっくに気付いていたけれど。

「実は俺、コーチの車の鍵まだ持ってるんですよね」
「へっ?」
「なまえさんとはちゃんと、静かな所で話した方がいいと思うんですよ」

 そう言った彼の顔は、いつもの様に少しだけ目の奥の光が揺れていて。あっさりと掴まれた腕を、私は離す事が出来なかった。



「待って、ま、リエ……っ!」
「無理。だってなまえさん、こんなに分かり易いのに」
「っ!知って……!」
「俺も好きでアンタも好きなら、我慢とか必要ないかと思って。もう限界だったし」

 後部座席で私を押し倒したリエーフは、あっさりと目論見を白状したけれど。私は自分ですら曖昧だった気持ちを指摘されて、どうしようもなく恥ずかしい。
 視線を上へと逸らして覗く景色は、春の桜が風に舞い上げられていた。息の上がっていく私は、その美しい光景にも色にもそぐわない。

「や、でも、やっぱりこんな……」
「しっかし暑いっすね。ちょっとだけ窓開けていいですか?」

 私の意見なんてお構いなしに、リエーフは自分の背後の窓を少しだけ開けた。密閉されていた車内には、微風でも心地良い。
 しっとりとリエーフの首筋に光る汗が、目に焼きつく。逃げ出そうともしない辺り、私にだっていい加減答えが分かっていた。
 それでも恥ずかしさを誤魔化す為に、言い訳がましく言わせて欲しい。

「花見に、来たのに……」
「出来るじゃないですか、花見」
「えっ?」
「ほら」

 僅か数センチの窓の隙間から、ひらひらと舞う桜の花びらが舞い込む。掴まれた足にそれが落ちて、追いかける様にリエーフの唇が降ってきた。
 この獅子に掴まったら、逃げ出すのは簡単なことじゃない。これ以上の言い訳はもう考えられなくて、今だけは頭まで桜色に染まったって事にしておいた。



***end***

20140401

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