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春先vision


 季節がずれ込んだのかと思うほど、今年の冬は長かった。3月になっても寒波はこの地域を包んだままで、雪だるまを作って遊べるくらい雪が降っていた。
 それでも寒い、真冬だと語っていたのも、つい先日までのことで。先週末からの温かい日差しと和らいだ風に、春の兆しを感じ始めていた。

 自転車を転がして海沿いまで抜ける。この陽気に誘われた、なんて馬鹿なことを思うのは、春休みが始まって眠い授業がない所為か。
 坂を上るのはきついけれど、バレー部の練習ほどではない。午前中いっぱいの練習を思い出して、英のペダルを踏む足は幾ばくか重くなった。

 海が見えてきたところで、反射する太陽の眩しさに目が眩む。自転車から降りて見回せば、道路わきに階段がひっそりと隠れていた。
 暦の上では春でも、太平洋側の波は冷たく荒い。そう感じさせるだけの迫力が、見える範囲の波の全てに宿っていた。

「あれ?国見くんだぁ!」
「……?」
「あ、私。みょうじなまえ。覚えてないかな?中学3年の時に同じクラスの」

 運動靴が砂を踏みしめた瞬間、階段の上から声が降ってくる。反射の光でよく見えなかった顔を、数秒眺めて記憶を引きずり出す。
 北川第一の頃、同じクラスだったなまえ。英は思いもかけない人物に遭遇して、普段は眠そうだと言われる目蓋を眉と一緒に引き上げる羽目になった。

「みょうじ、さん、覚えてる。久しぶり」
「本当にね、約1年ぶり?懐かしいなぁ」
「んと、元気?」
「元気げんき!国見くんは相変わらず、バレー頑張ってるんだよねぇ?」

 「また背が伸びたね」なんて笑いながら話す彼女に、英の心拍は留まることを知らない。一方的に見ていたのは、自分だけだと思っていた。
 席が隣同士になったことは一回もない。帰り道が一緒になったことも一度もない。日直で一緒になったことが数回。
 そんな彼女なのに、英の中学時代の思い出の、バレーと並ぶほぼ中央に君臨している。過去形で語れないのが全くもって歯痒いところだ。
 この1年、顔を見ることも声を聞くことも叶わなかったのに、あの頃の想いは本人を前にすれば一瞬で鮮明に形を成した。

「烏野に、行ったんだよな?」
「ああ、うん!影山くんも一緒だよ?」
「あー……」

 曖昧な返事で濁すしかない英に、なまえは笑いかけたままだ。恐らく、影山とも特別親しい訳ではないだろう。彼女にとって自分は「バレー部の人」の括りなのだ。
 でも、話題を探そうとしてくれていることは感じるから。触れられたくない話題でも嬉しく思ってしまうのは、仕方ないと折り合いをつける。

「みょうじさんは、部活、とか」
「写真部だよ。だから、ほら!」

 なまえの鞄から大事そうに出てきたそれは、その手には不似合いな程大きかった。それでも大事そうに撫でる指を見ていると、しっくりくるから困る。
 いつだってそうだった。些細な情報を拾っては、勝手に分析して一喜一憂する。彼女が烏野へ行くと教室で話しているのを聞いた時、僅かではあるが、さっさと行く先を決めた自分に後悔もした。

「すげぇ。本格的だ」
「まだまだだけどねぇ。今日は海、撮りに来たの。そしたら国見くんがいるし、吃驚!」
「俺も、吃驚した」
「ね、せっかくだから被写体になってもらえないかな?」

 突拍子もない思いつきを口にして、なまえは尚嬉しそうに笑う。その笑顔に見惚れていた所為で反応が遅れ、腕を引かれたことにも気付かなかった。
 歩く度に跡を残す砂浜に、大きさの違う2つの型。それが波際に向かって直進して、砂の色が変わる直前で止まった。

「この辺!この辺にしよ!」
「おい、みょうじさん?」
「あ、灯台も映る方がいいかな?国見くんは好きなポーズしてね!リラックスして」

 それは無理だと内心で吐露する。この矛盾した行為も、彼女を前にするといつもの事へと擦り変わる。いつだって、まともな口を利けたことが無かった。
 関わりたい気持ちはあったのに、まともにぶつかったこともない。ただ、この顔を見ているだけ、話す声を聞いているだけで、自分は理不尽な熱を上げる。
 今だって、掴まれた腕の感触が抜けない。

「なぁ」
「笑ってー!国見くん!」
「そんな急に……」
「じゃあ少し歩いて。勝手に撮っちゃうから!」

 シャッターを切る音が波の音に紛れる。カメラから顔を上げた時に見える表情が、嬉しそうだと解釈するのは都合が良すぎるだろうか。
 普段使い慣れていない表情筋が、気持ちに正直に反応する。なまえは距離を取ったり姿勢を変えたりしながら、後ろ向きに砂の上を行く。
 その姿はさながら、春の幻のようだ。浮かれた心のあまり頭のネジが緩んだ自分を、英は笑い飛ばしたくなった。

「……ははっ」
「あ、国見くん、その顔素敵!」
「今日って何日だっけ?」
「3月25日。国見くんの誕生日だよね」

 そう言われて、自分から振ろうとした話題だったのに動揺で足が止まる。表情まで崩れてしまったのか、カメラを覗いていた目が直接向けられた。
 なまえは少しだけ首を傾けて、それから悪戯が見つかった子供みたいに肩を竦ませる。

「ごめんね?知ってたの」
「そっか」
「お誕生日、おめでとう」
「うん。サンキュ」
「本当は、去年もこうして言いたかったんだけど。言えなかったから」

 「このチャンス逃がせないと思って」と続く声に、英は痛いくらいに胸の手前で拳を握りしめた。そうしていないと、どうにかなってしまいそうだった。
 もしかしたら、これは本当に幻なのかもしれない。想って焦がれて、結局何一つ行動にすることが出来なかった、情けない自分への誕生日の。特別な思惑通りの夢なのか。

「何で去年は言えなかったか聞く前に、俺も言いたい事言っていい?」

 ゆっくりと砂を踏みしめながら近づいていく。なまえはカメラを降ろして、英が近寄っても距離を取ろうとはしなかった。
 さっきまで浮かんでいた笑顔は、もう泣き顔一歩手前に変わっている。その頬にゆっくりと手を寄せて、腫れ物を扱う様に包み込む。
 初めて自分から触れたなまえは、幻ではなかったけれど。自分の手か彼女の頬、またはその両方が微かに震えていた。

 来年も再来年も、出来ればこの先もずっと。祝福の言葉を述べて、分からせて欲しい。この尊いぬくもりを、幻で片付けようとした弱い自分へ。
 その願いを叶える為にも、大仕事が残っている。英は大きく息を吸い込んで、一年越しの温め続けた気持ちを白状することにした。



***end***

20140327

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