バレンタインの金曜日。明日は土曜日だし振られてもダメージが少ないとか噂にならないとか、そんなご都合主義の解釈が乙女たちに拍車をかける。
相次ぐ告白ラッシュが、学校のそこかしこで行われていて、逆にこっちが気をつかってそれを避けなきゃいけない位だ。
「おー、また呼び出されてるねぇ」
「サッカー部の野田?モテるな」
「三回目だからね……って黒尾?」
「あいつ俺より足短いんだぜ?何でだよ」
ブーブーと文句を言う黒尾に、こっちが文句を言いたいくらいだ。さっきまで私の隣で一緒になって告白ショーをやっかんでいた友達の姿を探す。
その友達は、夜久くんの横で談笑しながらちゃっかりチョコを渡していた。
「どうせアンタも呼ばれるでしょ」
「なまえもくれよ、チョコ」
「……はい」
机の横に引っ掛けていた紙袋から、コロンと小さな包みを転がす。義理チョコと友チョコ用に作ったココア味のウーピーパイ。
ハート型に絞った、なかなかの力作。友達からも好評だし、誰とも被ってないし、それでいい。私にとってバレンタインなんて、自己満足のイベントだ。
目の前のこの男に、本命チョコを渡す勇気がない限り。
「おお、マシュマロだな」
「可愛いっしょ?」
「んま!」
「早っ!」
「なー、もっとくれ」
黒尾ってこういう奴だ。飄々としていて、何考えているか分からなくて。でも気配り出来て優しいところもあって。
私はそういうところが好きだったりするんだけど。そんな事、憎まれ口を叩き合う関係では言える訳ない。
「お返しいっぱいくれるんでしょうね?」
「アホ。もうやる奴いないだろ」
「いるし!バスケ部のエースくんとか!」
「誰だソレ。顔見知りでもない奴の手作りとか食えねーって」
悪いこと言わないからやめとけ。そんな風に諭された気がして、顔が熱くなる。私だって別に本気じゃないし、とか。
今更言えない。本当、私って可愛くない。
「ふーん。じゃ、黒尾は可愛い子からの手作りチョコでも受け取らないの?」
「別に俺呼び出されてねーし」
「え、何で?」
「さぁ。お前と付き合ってるとか思われてんじゃね?」
さらっとそんな事を言われて、固まってしまった。その一瞬の隙を黒尾は見逃したりしない。顔を覗きこまれて、ニタリと笑われる。
ヤバイ。今顔見られたら、勘付かれる。何か言わなきゃ!
「うっわ!誤解じゃん!」
「へぇ?」
「……何よぅ?」
「まだ何も言ってねーだろ」
ニタニタと笑ったまま、黒尾は我が物顔で紙袋を漁り出す。綺麗に仕上げたラッピングを一つずつ眺めて、頭を撫でてくれた。
何、コレ。今日だけ優しくしてくるの、ずるいよ。
「まだ友達にやったりする?」
「もう、あげたけど……」
「だったら良いよな」
トントンと指を机に立てて、無理やり同意を得てくる。脅迫紛いなそれに頷いてしまうのは、惚れた弱みかな。これに何の意味があるのか、聞いてもいいのかな。
「あ、夜久くんにあげてない」
「却下。俺が食う」
「はぁ?勝手に決めないで!」
「お前が悪いんだろ、デカイの作って来ないから」
まるで私の過失みたいに言ってのける黒尾は悪びれもしていない。時間をかけて結んだラッピングも、開けるのには3秒もいらないらしい。
「……別に、何も言われてないし」
「はぁー、可愛くねぇな」
「悪かったね」
「ん、マジで旨いな」
マシュマロって結構お腹膨れると思うんだけど。もう5袋も空にした黒尾の手は、止まりそうにない。平静を装ったつもりの返答もここまでが限界だ。
さっきから握りしめた手が変な汗を掻いている。今日の黒尾、変だ。いや、いつも変だけど。
「黒尾!俺の分あるって?」
「ねぇよ。これ全部俺のだから」
夜久くんが声をかけてきて、クラスの端と端で交される会話に何人かがざわめき立つ。勿論私の心臓はそんなものじゃなくて、ドクドクと煩い位だけど。
お願いだから、黒尾にだけは聞こえないで。
「黒尾、それ全部食べるならさ」
「ん?」
「他の子のは、貰ったら駄目だからね」
「当たり前だろ。元からそのつもりだし」
しれっと答えて、また新しい包みを開けた黒尾。私の思いあがりは期待値を振り切れてしまって、もう勘違いとか、気のせいとか思えなくて。
さっきの黒尾の「付き合ってると思われてんじゃね?」が頭でぐるぐる回り続ける。
「それって……ね?」
「ん?」
「や、あ、何でもない!」
「ふーん?」
絶対馬鹿にされている。さっきからニタニタニタニタ……こいつの方がふてぶてしい筈なのに、居た堪れなくなるのは納得いかない。
「ホワイトデー、期待しとこ」
「食った分だけ返してやるよ、愛を」
「……はぁ?意味分かんない!」
「本当に分かんないの?」
ハート型のウーピーパイを咥えたままの格好が、格好良い訳ないのに。その顔に見蕩れてしまった私は、もうどうしようもないと思った。
ホワイトデー、少しくらい期待しながら待っても、いいよね?
***end***
20140214