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そして慣らされる


「お、お邪魔しまっ、す!」
「緊張しないで。今日親いないから」
「研磨のお家ってだけで緊張するの!」
「……そ?」

 3月14日の放課後に、浮かれて彼氏の家までお邪魔する、なんてことは人生で初めての経験だった。それだけで、バレンタインに玉砕覚悟で告白して良かったと思う。
 最近やっと馴染んできた「研磨」呼びに、当たり前の様に答えてくれるのも嬉しい。

 玄関奥の階段を上がって、一番手前の部屋に通される。脳内で何回も考えていた通り、研磨の部屋はシンプルかつゲームがいっぱいだった。

「適当に座って。飲み物持ってくる」
「ありがとう」
「あ、あとこれあげるから」
「え、え?」

 ポイと投げ出されたカラフルな色のそれをキャッチして、何か分かった頃にはもう研磨はいなくて。爆発する感動を心の中で上手く治めようとする。
 私が好きなキャラのぬいぐるみストラップ、集めているのを知っていたなんて。そんな素振り全然無かったのに、ずるい。

「おまたせ。麦茶で……」
「これ!いいの?」
「あ、うん。ソレ好きでしょ?」
「うん!よく知ってるね」
「だって……鞄にも鍵にもついてるし」

 飲み物を机に置くと、研磨はゲーム機を取り出してベッドに腰掛けた。もう私の方を見ていないけど、私はじっと見つめ続ける。
 研磨ってこういうところしっかり見ているなぁ。観察力?考察力?とにかくこういう才能は凄いと思う。

「しかもこれ、限定のヤツだ!」
「そうなの?ゲーセンで取ったけど」
「ゲーセン行ったの?」
「こないだ練習試合の帰りに皆と……なまえが好きかなって思ったからやってみたら取れた」

 ゲームの操作音がカチカチと聞こえる中、さらりとそんな風に言われて。研磨がゲームに視線を向けていて本当に良かった。
 今の私を見せるのは恥ずかし過ぎる。

「難しくなかった?」
「ん。やってる人いたから見て覚えた」
「すごい!私、全然駄目だったよー」

 勿論、限定商品もチェックしていたけど、何回やっても取れなかった。お店によってアームの強度に違いがあるとは思うけど、それにしたって悔しい。

「そんなのでいいの?」
「え?すっごく嬉しいよ?見えない?」
「……見える」

 画面を一時停止させた研磨が、こっちを見て尋ねてくる。何でそんなことを聞くのか分からず、首を傾けたら視線を逸らされた。
 ふーっと溜息が聞こえて、訳も分からず居た堪れなくなる。ストラップを机に置いて、化粧ポーチにつけようかと思っていたのに。
 結局私はこれを受け取っていいの?駄目なの?

「研磨?」
「これ、一緒に食べようかと思ったんだけど。要らない?」

 ベッドから腰を上げて、鞄を探った研磨が持ってきた包み紙。見慣れた押印がされているそれは、美味しいと評判のパン屋さんのもので。
 研磨もお気に入りの、生地がさっくさくのアップルパイがあるところのやつ。

「もしかして、アップルパイ?」
「ん。おれはチョコ貰ったし、お返し」
「わぁ!要る!一緒に食べよ!」

 思わず挙手をすると、研磨の表情が柔らかくなる。ベッドから降りてベッドを背もたれにして並んで座ると、少しだけ肩が触れた。
 バレー部の中にいたら小さく見えるけど、そこはやっぱり男の子だ。思っていたより堅くて、アップルパイを渡された手も凝視してしまった。
 うん、男の人だ。

「食べないの?」
「た、食べます!」

 私がこんなガチガチに意識しているなんて思いもしないのか、研磨はいつも通り。アップルパイを食べる時は、少しだけいつもより大口。
 それにしてもこのアップルパイ絶品だ。生地の層が厚くて、中のフィリングも甘過ぎずにマッチしている。

「おいひぃ!いつの間に買ったの?」
「お昼休み……ってなまえ、食べるの下手過ぎ」

 呆れた様に吐き捨てられて、何の事だと納得しかねる。だけど薄々気付いていた。生地は本当にさっくさくで美味しいんだけど、食べ辛いよね!ね?

「うー……」
「制服の中に入ってる」
「え、嘘っ!?」
「ほら、ここ」

 そう言って詰め寄ってきた研磨が、私の視界から一瞬消えた。次に襲ってきたのは、制服を引っ張られる感触と地肌に感じた熱。

「ひゃ……っ!」
「動くと奥に入り込むよ?」
「……ん、っふぁ?」

 胸元に息がかかる距離で喋られて、肩が撥ねてしまった。いきなりの事に動揺して、動くなと押さえつけられた右肩もじんわり熱くなる。
 もしかして、もしかしなくても、私の鎖骨から胸元を滑っていくこれは、研磨の舌?意識してしまったら、神経がその一点に集中してしまう。

「……っ!っ!」
「はい、取れた」
「ぷはっ!あ、ありがと……」
「ん。手突っ込んだら嫌かと思って」

 何で手は駄目で舌はいいと思ったんだろう。研磨の思考に追いつかない。別に彼氏だし、嫌とかじゃないけど!心の準備とか、いるでしょ?
 顔が熱いし、恐らく真っ赤であろう私を見て、研磨はきょとんとした顔を向けてくる。ああ、もう。悔しい。ドキドキさせられるのは、いつだって私ばっかり。

「なまえ?」
「……流石、器用だね」

 だけど、そんな私に研磨がゆっくりと小さく笑うから。口から出たのは馬鹿とか恥ずかしいよとか、そんな非難の言葉じゃなくて。
 さっきストラップの話題で言おうと思って忘れていた、ちぐはぐな一言だけだった。



***end***

20140314

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