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シュークリーム・ファイト


 少し席の離れたその人を、目で追ってしまうのはいつもの事。いつもと違っていたのは、その人が好きな物を前にして我慢していたということだけ。
 同じクラスの花巻くんは、大きな体なのにシュークリームが好きらしい。しかも、お弁当食べた後に食べたくなるなんて、ちょっと女子顔負けだと思う。
 いつもシュークリームを頬張っている時、幸せそうにしているのを見るのがお昼休みの密かな楽しみだったのに。
 今日に限っては、シュークリームを前に腕組をして食べることなく悩んでいて、どうしたんだろうとこちらまで首を傾けてしまった。

 穴が開くほど見つめていたせいか、こちらを振り返った花巻くんと目が合う。初めてのことに戸惑って、避けるのが遅れてしまったからかな。
 花巻くんは落ち着いた柔らかい表情のまま、ちょいちょいと手招きしてくれた。誘われるままフラフラ歩み寄ってしまう私もどうかと思うけど。

「えっと、見ててごめんね?」
「いや、おかしかった?」
「え、あ!そんな事!」
「ぶはっ!みょうじさん、焦り過ぎ」

 少しだけ垂れた大人びた目は、笑って細められると幼さを主張した。可愛いと心の中で呟き、焦ってないと掌を動かして反論する。

「岩泉、知ってる?バレー部なんだけど」
「あ、及川くんと幼馴染の?」
「そそ!アイツに腕相撲挑むんだけど、いつも勝てないんだよね」

 シュークリームを食べた後はいつも席からいなくなるけど、こういう理由だったとは。腕相撲って、意外。男子ってよく分からないことで意地になるなぁ。
 そっちからしてみたら、雑誌一冊で盛り上がれる女子も理解不能かもしれないけどね。

「俺には気合とか、かけるものが足りないのかと思って」
「え!そんなに?」
「や、お遊びなんだけどね。一回も勝てないのは悔しいじゃん?」
「それは、そうかも」

 真剣な顔つきで見上げてられたら、納得してしまうしかないじゃない?睫毛長い、唇も薄くて綺麗。手はやっぱり、バレーしているだけあって大きい。
 こんなに近くで見ることがなかったから、思わず見蕩れてしまった。

「みょうじさん?」
「あ、じゃ、じゃあ!今日負けたらこのシュークリーム、岩泉くんに食べられちゃうのはどう?」

 咎められた気がして、慌てて思いつきを捲くし立てる。花巻くんはシュークリームが好きだと思うし、食べられちゃうって思ったら気合も入るだろうし。

「あー……成程。よし、じゃ、ちょっと付いてきて?」

 何度も頷く花巻くんが立ち上がって、片手にシュークリームを掴む。それと同じ要領で、もう片方の手で私の制服の袖を引っ張った。
 そのまま教室から出て行く途中で、クラスの子からのどよめきが聞こえて。私は真っ白で回らない頭の中、茶ピンク色の髪の毛に向かって何でって思うのが精一杯だった。



「岩泉、勝負しよ」
「おお、今日も負けん!」
「マッキー、また来たの?って、アレ?」
「お前もだろ、及川うぜー」

 花巻くんがそう言った所で、被さる様に岩泉くんまでうざいと一言。「二人とも酷い!」と女の子みたいな高い声で泣き真似をした及川くんに吃驚した。
 そしてクラスの誰も慌てないところを見ると、この光景は5組では当たり前のものとして認識されているみたい。何かすごいな。

「マッキーが女の子連れてる!」
「うるせ。みょうじさん、ごめんな?」
「あ、いや……え?」
「俺がこっち座るから……及川どいて」
「及川どけ、早く」
「ちょっと!本当に酷いな!」

 椅子と机を鳴らしながら移動して、花巻くんと岩泉くんが軽く手を握って配置を確かめている。お遊びなんて言っていたけど、二人とも目がマジだ。
 花巻くんの眠たそうな目しか見たことがなかった私は、真剣な表情から目が離せずに棒立ちになっていた。

「みょうじさん、そこ立って。半歩右」
「え?あ……」
「よし。じゃ、封開けてこれ持って」

 差し出されたのはシュークリームで、渡されると同時に花巻くんが袋を破いた。中身のカスタードクリームの匂いが香ってきて、お昼を食べたばかりなのに胃が隙間を作る。
 固定された手の高さは口が触れるか触れないかの位置で、何の我慢大会かと思う。

「おし!俺が負けたら思いっきり食って」
「えっ!?」
「マッキー、その為につれてきたの?」
「だって岩泉に食われるのは何か嫌だ」
「てめ……!みょうじ、絶対食わしてやるからな」

 岩泉くんに急に名指しされて吃驚して、ぎゅっと持つ手に力が篭る。及川くんがやる気の抜けそうな声で「ゴー!」って言ったのを合図に、二人の腕に力が入ってシュークリームの誘惑は遠のいた。

「ぐ……ぬぬぬ、っく」
「だぁぁぁらぁ!」
「はーい。岩ちゃんの勝ち!ということでみょうじちゃん、食べちゃえ!」

 にこやかな笑顔でぐっと親指を立てた及川くんに答えることが出来ずに、右手を押さえながら項垂れている花巻くんを見つめる。すごく惜しかったのに残念だったなぁ。
 「5年早ぇ!」とか言っている岩泉くんも肩で息をしていて、一瞬で勝敗が決まったけどいい勝負だったと思う。

「みょうじさん、食って」
「え、でも……う、いただきます」

 集中する視線に耐えられず、息を一つ吐いてかぶりつく。皮はしっとり、甘いカスタードはふんわりで、思わず口が綻んだ。美味しい。

「あー、ちくしょ」
「マッキー、残念!勝ったら一気食いするって願掛けでもしてたの?」
「ちげぇよ。勝ったらどさくさに紛れて一緒に食おって言うつもりだったのに」

 花巻くんの目が物欲しそうに見つめてきて、シュークリームに向けられていると分かっているのに緊張してきた。
 思わず握った手に力を入れ過ぎて、クリームが口の左端についてしまった。凄く冷たく感じるのは、私の顔が熱い所為?
 どうしようかと食べるのを止めていたら、立ち上がった花巻くんが。ぷっと笑いを一つ零して、その長い指の腹で口元のクリームを拭って、食べた。

「うま。やっぱコンビニシューは此処のヤツが一番だわ」
「……っ!」
「うわ、ご馳走様!」
「何で俺が負けた気分になるんだよ!」
「痛っ!痛い!八つ当たりは止めて、岩ちゃん!」

 吃驚し過ぎて固まってしまった私に、「帰るよ」と花巻くんの声が届く。教室入口で待っていてくれた彼を振り返ると、何事もなかったかのように笑っていて。
 意識し過ぎるあまり、何度も大袈裟に頷いてしまった。残りのシュークリームを袋に戻して、花巻くんを見ないようにして歩き出す。
 もう駄目だ。あの長い指や舐める時に見えた舌を思い出してしまうから、しばらくシュークリームは食べられない。



***end***

20140306

リクエスト内容:花巻と恋人未満

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