朝起きると体中がだるくて、視界がぼやけた。布団から起き出すと寒さに震えて、いつまでも動けないでいたらお母さんが来てくれた。
「あんたいつまで……ってなまえ!」
「……ふぁい」
「それ風邪!体温計持ってくるから、お布団に入って温かくしてなさい」
こんな時、お母さんって凄いなぁと思う。おデコに手を当てたきり階段を降りて、慌しく準備する音が響く。それも耳鳴りみたいに何回も聞こえるけど。
うん、寝てよう。
重い頭で考えるのは、真っ先に旭に連絡しなきゃ、ってこと。朝錬あるし、連絡間に合わないかもしれないけど。
朝練も部活もあるから毎日一緒に登下校出来ないし、せめて旭と一緒にお昼ご飯食べるのが楽しみだったのに。
昨日作ったお弁当、無駄になっちゃったなぁ。
氷枕と体温計を挟まれながら、食欲はあるかと聞かれる。薬を飲むにしても何か食べた方がいいから、林檎が食べたいって我侭を言った。
「了解!薬と水も一緒に持ってくるから、ちゃんと横になってるのよ?」
小さく手を挙げて応えたところで、携帯に着信。旭からの「大丈夫?熱あるの?ゆっくり休んでね」って怒涛のメールラッシュにじんわり涙が滲んできた。
(駄目だ、すごい弱気……)
頭がガンガンして、天井が近づいたり離れたりする。こんなに心細くなるなんて、小さい頃でもないのに。馬鹿みたいだなぁ。
お昼も何とかお粥を食べて、また寝ていたんだと思う。加湿器が稼動している音で目が覚めた。気のせいかな?私の右手を誰かが握っている。
「……起きた?」
「あ、旭?」
「ごめん、寝てていいから。俺、横にいるからな」
いつもよりずっと近く聞こえる優しい声。夢じゃないかと一瞬思って、天井をぼーっと眺める。それでもこれは夢じゃない。
だって、旭の手のぬくもりが伝わってくるもの。
「……ぶ、活は?」
「起きて平気か?理由話して帰らせてもらった。全然集中出来てないって、大地にすげぇ怒られて……で、コーチも説得してくれた」
相変わらず澤村くんに頭が上がらないんだとか、部活の人にまで彼女が風邪引いたなんて説明したんだとか、言いたい事は色々あるけど。
駄目だ、いつもならそんなの駄目でしょって言っているのに。嬉しくて。
「旭ぃ……」
「わ!泣くなよ。そうだ!プリンとかゼリーとか買ってきた。これなら食える?」
コンビニの袋にはいっぱいのゼリーやプリン。何がいいか悩んで沢山買ってきたなんて旭らしい。私が迷っていると、お母さんが一つなら食べていいって言っていたよって。
そう言えば、部屋まで通したのってお母さんなんだよね。娘がパジャマ姿なのに彼氏部屋に入れるって。その前に私、化粧してない!
「う、あ……私、スッピン……」
「今更だろ。可愛いよ」
「嘘。鼻赤いし」
「ほっぺも赤いよ?目もトロンとしてて、うん。俺、結構頑張って我慢してるよ?」
自分で言ったくせに、照れて顔を背けてしまう旭が愛おしい。もう、怖いのは本当に見た目だけなんだから。でも、そんな旭だから。
「私が寝てた時、何かした?」
「うえ!?え、し……あ、起きてた?」
「したんだ」
「あ!違……ゴメンナサイ」
正座しながらゼリーを手で押してテーブルの手前に滑らせる。これが旭のお勧めなのかな?それにしても耳が真っ赤で。
可愛いのは旭の方だよ。
「あーさーひ?」
「何だよ!ってかその顔で迫ってくるな」
「ゼリー食べさせてくれる?」
「う、うん」
私は枕を背もたれにして、口を開けるだけ。楽チン!マスカット味のゼリーは、喉がすっきりとして冷たくて気持ちいい。
「おいひぃ」
「ん、良かった。熱も大分下がったみたいだなぁ」
額に当てられた旭の大きな手は、いつもは温かいのに冷たく感じる。それでも離れていくのは名残惜しくて、少しだけ腰が浮いた。
「だーめ。なまえ、ゆっくりしてないと」
「だって手が……」
「じゃあ、こっち」
腰に手を回されて、枕まで押し戻される。優しく唇が触れて、唇も冷たく感じることを知った。
「マスカット味、んまい」
「風邪うつるよ?」
「それならもうとっくに……あ」
「やっぱり寝てる時にしたんだ」
「ご、ごめん!だってなまえが可愛かったからっ!」
言い訳を必死でする旭の声、それでも背中を摩ってくれる大きな手。私はこの優しさに応える為に、早く治らなきゃ。
「最速で治すから、その時に旭が風邪とかナシだからね?」
「お、おう!」
顔を引き締めて返事をする旭は、やっぱり格好良いから。私は再び口を開けて、残りのゼリーが運ばれてくるのを待つとしよう。
***end***
20140204
リクエスト内容:風邪引いた彼女にお見舞い