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猶予期間はなくていい


 自動ドアが開いて一瞬冷たい外の空気が入って来た。今日発売の雑誌を整理していて入り口近くにいたから、寒さに一瞬怯む。
 お客様だと顔をあげていらっしゃいませと言おうとすれば、柔らかい表情をした月曜日の常連さんにペコっと頭を下げられて先を越された。

「いらっしゃいませ」
「どうも」

 背が高く、目が印象的な男の子。男性と言ってもいいくらいの顔とは裏腹に、彼は青葉城西の制服をいつも着ている。
 彼は月曜日、私がいつもバイトに入っている夕方のこの時間に、プライベートブランドのシュークリームを買っていく常連さんだ。
 同じようにバイトに入っていても水曜日と土曜日には現れないから、月曜日にしか見たことがない。

 色んな人間が来店するコンビニでも、いらっしゃいませの声に応えてくれる律儀な人は少ない。そういう意味でも、彼は私の中で印象が良い。
 おまけに背も高くて格好良い。きっとモテる。そんなことを考えながら、作業の速度を上げてお会計を出来るようにする。
 同じ時間帯に働いている店長はバックヤードで煙草を吸っているから、何をしていても結局私がすることになるんだけどね。

「お願いしまーす」
「ありがとうございまー……す」

 あれ、と一瞬怯んだ。私はいつもの様に彼が同じ商品を買うと思っていたのだ。たまに飲み物も買っていくことがあるけれど、今日はいつもと違って。
 カウンターに置かれた商品が、濃厚リッチダブルクリームシューにランクアップしていたから。

「……っぷ。みょうじちゃん、驚き過ぎ」
「わ、すみません!」

 商品のバーコードを読み取りながら、顔が赤くなっていくのを感じて恥ずかしくなる。店員さんでなく、名字を呼ばれたことに動揺してしまった。
 私だってお客さんでなく、青城の茶ピンクさんとか内心呼んでいるくせに。

「吃驚した?いつものじゃないから」
「はい、すみません。252円ですって言おうとしたら、今日は378円です」

 いつもの126円のやつじゃなくて、お値段アップのプレミアシリーズのやつを2つ。大きさが違うのに相変わらず2つ購入するみたいだ。

「今日は特別。俺、誕生日だから」
「……それは、おめでとうございます」

 いきなり入ってきた個人情報に、あたふたとお祝いの言葉を述べる。名前も知らないのに誕生日を知ってしまうって、あんまりない。
 相手は小銭を一つずつ出しながら、目線も合わせずにやりと笑って言った。

「何かくれる?」
「……へ、あ?」
「はっ、色気ねぇな」

 なんて、綺麗で大人びた人に言われると恥ずかしさに沈む。日本語にもなってない言葉を発してすみませんでした。
 でも、吃驚しただけだからいつもはもっと上手い切り替えしが出来るし!とか、言いたいけど言えない。

「じゃあさ、下の名前教えてよ」
「私のですか?」
「他に誰がいるの?」
「なまえ、ですけど」
「なまえちゃんか、いいね」

 そう言って右手を左手で引き寄せられ、その手の中に小銭が乗っていく。これまた丁寧に一枚ずつ落ちてくるから、永遠に続くかと思うほど長い。
 駄目だ、何コレ。顔が見られない。

「顔、赤いね」
「だ、そっ!貴方が……」
「花巻。花巻貴大」
「はなまきさん?」
「貴く大きいと書いて、貴大ね」
「貴大、さん?」
「よしよし」

 納得しながら、大きな手が遠ざかる。手の中に納まっていた小銭を見て、弾かれた様にレジを動かす。時間が止まっていたとか、そんなことはなくて。
 それでもあまりの展開に、訳が分からず頭は混乱したまま。

「俺はさ、いっぺんに2個食うくらいシュークリームが好きだけど」
「はぁ」
「あ、これ全部自分用ね?」

 別に一緒に食う奴とかいないから、なんて言う貴大さんにレシートを手渡す。お客さんが誰も来ないことがいいような悪いような。
 居心地が悪いというと、おかしいけど。少しだけ目を見てまた逸らしてしまったら、笑い声が聞こえてきた。

「月曜日は絶対、ここで買うって決めてる訳、何でか知りたい?」

 そう言って顎を掴まれて、少し上を向かされる。その先に綺麗に笑った貴大さんの顔があって、もう全然。全然、何も考えられなくて。

「何で……え?知りたい?」
「どっち?まぁいいや。また来週来るから、それまでに考えておいてよ」

 小さく笑った後、大きな指が顎から離れていく。安心していい筈なのに、心臓はバクバクして落ち着く様子がない。
 来週はきっといつものシュークリームを買うんだろうなとか、そんなことを思ったけれど。今言うべきは、きっとそんな事じゃなくて。

「ありがとうございました!」
「あはは、こっちこそ。ありがとね」

 手を振ってくれた貴大さんが笑っているのが見える。見えるのに、何故か段々とぼやけてきて。私はこの光景を、きっと来週まで忘れられないだろう。



***end***

20140127

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