「今日親遅いし、家来る?」
そう言った孝支の声は少しだけ掠れていて、その意図を呑み込んだ私の言葉もいつもとは違った。
「う、うん」
「……そか」
珍しく午後から部活のない休日。近くの図書館で勉強していたら、孝支から提案してくれた。
別に図書館でも構わない。受験生だし、家に行っても勉強すると思う。
でも、向かいに座る距離にもどかしさも寂しさも感じていた私には、孝支の言葉が勉強の合間に食べるお菓子みたいに感じた。
孝支の部屋には何回か来たことがあるけど、いつも緊張してしまう。入った途端に孝支の匂いに包まれて、体から浸されていく感覚。
「なまえ、お茶でいい?」
「うん、何でも……」
「あはは。緊張しなくていいべ」
机とベッドに挟まれて身動き出来ずに座っているだけの私を見て、孝支がくだけた調子で言った。その声にすら余韻を感じ取ってしまう私は、戸惑って上手く応えられない。
「そんな、ことは……」
「借りてきた猫みたい。可愛い」
「……っ、ふ……」
机にお茶を置いた後、流れるような動作で体が伸びてくる。口を塞がれて息が漏れるのは、あっさりと舌に侵入されたから。
「……考、……」
「なまえ、全然慣れないなぁ。そこも良いけど」
「うわ……っ!」
鎖骨に顔を埋められて、スリスリと擦り付けられる。猫みたい、はこちらの台詞だ。柔らかい髪がくすぐったい。
驚いて出た声は全然色気がなくて恥ずかしい。きっと心臓の早鳴りは、考支にまで聞こえているだろう。
「やっと触れた」
「え?」
「図書館て遠すぎる。なまえ、温かいなぁ」
同じことを考えていたんだと思うと、この上なく幸福感で満たされる。どれだけ辛い気持ちになろうとも、いつも孝支はすぐに補充してくれる。
でも、もっと触れたいと思う私は我儘かなぁ。
「孝支、もう一回」
「ん?何が?」
「……じわるっ」
「なまえから聞きたいんだよ」
そう言って顔を上げた孝支は、首筋に下から歯を立てていく。甘いだけではないそれが、息をするだけで私の体の奥から増していく。
「キス、して?」
「何なりと、お姫様」
「……ん、っ、ぁ」
お姫様なんて軽口を叩いたくせに、孝支の舌は私の口内を荒々しく蹂躙する。いつも優しい分、こういうところがずるいと思うのに。深みに嵌まって抜け出せない。
「ん、ぁ、やぁ……」
孝支の手が背中に回り、指がブラ紐を撫でて往復する。過剰に反応してしまうのは、期待の現れみたいで恥ずかしいけれど。
「はぁ、なまえ。ずるいなぁ」
「……なっ!それはこっちの台詞だよ」
「だって可愛いんだもん。勉強しようと思ってたのにさぁ。惑わすなよ」
くすっと笑う、目尻と黒子に視界を捕らわれる。次に見る瞳は、ちっとも笑っていないけど。
この瞬間の、孝支の顔が好き。欲にまみれた、私だけの孝支。
「馬鹿」
「なまえ馬鹿です」
「あの、辛い?」
「そりゃあそうだべ」
「ばか……でも好き」
「俺も愛してる」
簡単に持ち上げられて、ベッドの上に寝転がされる。だけど、簡単に出来るのは私が協力的だからだってこと、きっと孝支もよく分かっていると思う。
「ちょっとだけ時間ちょうだい?」
「……ちょっとでいいの?」
「馬鹿、そんな殺し文句あるか」
歯を見せて笑った孝支は、次の瞬間また違う顔を覗かせるだろう。でもその瞳に映り込む私もまた、どうしようもないくらい溺れた顔をしているんだ。
思わず目を閉じた。
ちょっとじゃなくて、一生でも構わないよ。
そんな陳腐な言葉を呑み込んで、息が上がる度に好きだと実感させられるのも悪くないと思った。
***end***
20131204