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電波に乗せて


 ガシャンと音を立てて金網が揺れる。食い込んだ指が痛いくらいに握りしめれば、その痛みの方が強くなって胸の痛みは誤魔化された。
 こんな馬鹿なことをして、教室から逃げ出したって意味なんかない。今日という日は1日しかなく、確実に過ぎていくものなのに。

「うわ、痛そー……」
「……っ!黒、尾くん?」
「みょうじが屋上にいるの、珍しいな」

 ニヤニヤと笑った視線の先は、私が八つ当たりで痛めつけた金網に注がれている。そこで初めて金網に申し訳なくなる私って、たいがい嫌な奴だ。

「そ、うだね……」
「もうすぐ昼休み終わるけど。まさか午後の授業サボるとか言わないよな?」

 真面目なだけが取り柄だから、授業を休む勇気なんかない。それがただのクラスメートである黒尾くんにも知られていることが、歯痒かった。

「うん。ちょっとだけ、此処にいる」
「そっか。じゃあ、俺も」

 しゃがみ込んで長い息を吐き出した黒尾くんは、疲れている様にも見える。無理もない。彼は今日、忙しくて仕方ないのだ。
 11月17日は彼の誕生日で、女の子がチャンスとばかりに接近してくる。私の斜め後ろの席も、紙袋にプレゼントがどっさり。
 その光景を見ているのが辛く、教室のお祝いムードにも耐え切れなくなって、教室からログアウトしてしまった。

「戻らなくていいの?」
「ん?授業は出るぞ」

 金網を引っ張りながら笑った顔は上機嫌だ。今日1日主役であり続けるバレー部キャプテンは、どれだけのおめでとうを貰ったんだろう。
 私の言葉なんて、それに埋もれてしまうけど。

「お誕生日、おめでとう」
「サンキュ。何かくれよ?」
「……えっ!?」
「誕生日だし、俺」

 黒尾くんが座り込んでいるので、下から覗き込まれる格好になった。そのおねだりはすこぶる攻撃力があって困る。
 生憎、お菓子の一つも持っていない。黒尾くんに誕生日プレゼントを渡せるチャンスなんて、そうそう巡ってはこないのに。私の馬鹿。

 誕生日だっていうことは知っていたけど、特別親しくも無いクラスメイトからいきなりプレゼントを渡されたら困惑するだろうし。
 そう思っていたから何にも用意していない。黒尾くんから要求されるなんて、勿論想定していなかった。

「あー……えっと……」
「何もねーの?」
「うん、ごめん」
「じゃあこれでいいや」

 彼が指差していたのは、制服のポケットから形を主張していた携帯で。綺麗な笑みを浮かべたままの黒尾くんに従う形で取り出せば、大きな手に渡っていく。

「ハイ」
「……え?」
「番号だけ登録しといたから。今日の終わりにもう一回おめでとうって言ってもらおうかな」

 頬杖をついたまま涼しい顔をした彼に瞬きを繰り返してしまうだけの私では、太刀打ち出来る訳がない。展開が呑み込めずに携帯を確認して、番号を心の中で復唱する。

「何で、1日の終わり?」
「最後に好きな女の祝福で締めくくれたら、今日は上出来だろ?」

 こっちを向いたまま、首を気持ち傾けて同意を求めてくる。つられて首をかしげたけど、その意味はかなり異なると思う。
 というか、絶対違う。

「……ど、いう意味……?」
「うわ、外した?」

 せっかく追いかけてきたのに、とか言う黒尾くんに聞きたいことは次々浮かんでくるけれど。とりあえず、真っ先に聞かなきゃ。

「からかって、ないよね?」
「自分の誕生日に下手打つ程馬鹿じゃねーよ」

 制服の裾を掴まれて、少し引っ張られただけなのに床にぺたんと足をつける。屋上のコンクリは冷たくて寒いのに、体が熱くて仕方ない。
 上から見下ろされる形で真っ直ぐに見つめられて、答えを求められているのは私の方だと理解した。

「電話、するよ」
「そっか」

 そう言うと、安心した様に息を吐く黒尾くんにこっちが戸惑ってしまう。何で?そもそも、私なんて目立たないクラスメイトAなのに。

「あの、どうして?」
「はぁ?そりゃ、誕生日くらい期待してもいいだろ?」

 白い歯を覗かせて笑う彼には、私の顔が真っ赤になっているのがよく見えているんだろう。でも、言っておかなきゃ。

「あのね、黒尾くんが好きだよ」
「はは、俺が寝る前にも言って」

 引き寄せられた腕の方へ自分から傾いていく。すっぽりと覆われた胸の中、黒尾くんの心臓も五月蝿い位に早く鳴っていて、失礼だけど安心してしまった。
 誕生日がチャンスって思うのは、何も祝う側だけじゃないんだなぁ。

 特別な人の特別な日の終わりに、ありったけを伝えよう。もしかしたら欲しい言葉が聞けるかもしれないなぁなんて、期待しながら。



***end***

20131117

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