私の選択科目は美術で、今日は珍しく先生に誉められて。皆に作品を見てもらいながら、真ん中に立って照れていたと思う。
そんな私はお調子者だし、喜怒哀楽の落差が激しいやつだけど。
「なまえ、ちょっと来い」
「え……いや、私、」
「いいから。部活に遅刻する、俺が」
にこーっとした笑顔を貼り付けたままのクロの手招きには、嫌な予感がするし、危機を察知もする。
さしずめクロは食わせ者だ。私がお調子者だとするなら、だけど。
勝手な言い草にも引かれた手を振りほどこうとしないのは、心のどこかで期待を孕む自分を抑えられないから。
クロに人気のない場所まで連れていかれて、何が始まるかなんて。
そこまで考えて、胸の辺りがぎゅっぎゅっと鳴った。
「な、あのデッサンの手のモデル、俺じゃないよなぁ?」
「それ……っん!」
言い終わるが早いか、クロの口が私の首筋に吸い付く。ちゅっと音が聞こえてきて、一気に体が熱くなる。
足に力が入らなくなってふらっと後ろの壁にぶつかりそうになるくらい傾けば、クロの手が背中に回り込んで支えてくれた。
「あ、ありが……」
「誰?」
「わ……!」
顔を起こしたクロはにっこり笑って首を傾けたけど、その可愛らしさからは想像もつかない程足が乱暴に私の足の間の壁を蹴った。
ゆるゆると突き進む爪先が、私の中心部を突き上げる。
「クロ、や……、やめ」
「あれ男の手だよな。それもじっくり観察して描いたみたいだな。上手に描けてたよ」
言葉と視線が全然噛み合っていない。足は弛く上下して、不規則な強弱をつけてくる。
私はずり上がるスカートから下着が見えないようにするのが精一杯で、爪先立ちする足がぷるぷる震えてきた。
「……ん、ふ、ぁ」
「喜ばれちゃ尋問にならないんだがな。聞いてるか、なまえ?」
「聞い、て……ゃっ!ん」
クロの足が壁から離れたと思ったら、上履きを脱ぎ捨てる。足の指が蠢くのを見せつけられて、横を向けば大きな手で頭を掴まれた。
「よそ見は駄目だって、あれほど言っておいたのに」
「う、ん?……ぁ」
噛み付くような口付けを受け入れて、息をすることしか出来ない。
散漫になった意識に直結するように、足に力が入らなくなってしまった。
「や、ぁっ!」
「なまえ、流石に重い」
「ごめ、ん……ふぅ」
「いい眺めだけどな。随分良さそうだし」
ズルっと下がってしまった私の全体重が、背中の壁とクロの右足にかかる。
背中から頭に手が回った途端、なんて。タイミングが悪過ぎだ。
それなのにどこか楽しそうなクロは、足先を動かすのを止めようとはしない。
「お願、ぃっ!聞い……ん」
「なまえ、あれ誰?」
最早言い訳も必要ないくらいに、クロは私を愛撫していた。揺すられた体が跳ねる度、下着は質量を増していく。
「関節も肉付きも忠実に描けてた。さぞかしぺたぺた触って確かめたんだろうな?」
「あれ、はっ!」
「俺に言ってくれれば、この手を惜しみ無く差し出したのに」
勿体ぶった口調のクロが、ニヤリと笑っているのを見る。こんなにドロドロにされてしまう前に、もっと早く誤解を解くべきだった。
言ったところでこんな目に遭わない保障はないけど。
「あれ、クロの手だよ!」
「はぁ?」
「ん、本当にっ、く、ぁ……」
片足で立っていたクロが、両足を地面に着く。疲れちゃったのかな、なんて思う私は馬鹿だ。
クロの気分次第でまた繰り返されるかもしれない仕打ちを思って、慌てて言葉を繋ぐ。
「写メで隠し撮りしたやつ!バレないように、少し肉付きよくして皺を増やしたけど」
「なんでそんな……」
「クロは忙しそうだったし!クロの手なら、見てるだけで感触を思い出せるから」
自分で言っておきながら、この上なく恥ずかしい。クロに見られたらバレると思ったからカモフラージュしたのに、こんな裏目に出るなんて。
「携帯」
「……はい」
「いつ撮った?」
「こないだ……寝てるとき。ごめんなさい」
視線を落とすと、さっきまで私を容赦なく攻めていた右足が目につく。それだけで体が疼くのは、クロに躾られたせいで。
私のせいだけではない、はず。
「ひゃあ!」
「何だ、手より足の方が良かった?」
「ち、違う!」
クロの手が頬に当てられて、確かめるように指先が押される。口元を撫でられると、口が間抜けに開いた。
「今度はもっと上手に描ける、良かったな?」
スカートの皺を直してくれる手を、名残惜しく睨んだ。クロが部活に行ってしまうのは、いつものことなのに。
「待ってていい?」
「当たり前だろ」
お前そのままで帰れるの?
そう言って笑ったクロの顔を、私は独り占めしたいと思った。
***end***
20131025