ピピピピピピピピ


「う…ん」

携帯のアラーム音が鳴り、ゆらゆらと夢に微睡んでいた意識がゆっくりと浮上する。
布団からもぞりと顔を出して、左目を指でこすりながら目覚まし時計を見ると、現在朝の6時。
いつもなら起きている時間だが、昨日終わらなかった仕事を家に持ってきて夜遅くまでしていたせいかまだ眠い。
8時までに出勤の仕事場は私の家からそう離れていないため、身支度を含めると1時間あれば十分に間に合う。
今日は確かそんなに大変な役割じゃなかったはずと寝ぼけた頭でシフトを思い出し、もう少しだけ寝ようと目を閉じて毛布を掛け直した時だった。


「っ……!!」


突然頭に走る衝撃。
グラングランと脳みそが揺れ、先程までの心地良い眠気はどこか彼方へと行ってしまった。かわりに車酔いのような気持ち悪さと、喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。

布団に吐き出さない様に両手でしっかりと口元を押さえ、涙目で布団から這いずり出てくると、明らかにこの原因である彼が仁王立ちで立っていた。その右手には分厚い百科事典。絶対あれで殴ったに違いない。しかも本の角で。………一体どこから出してきたんだろう、あの百科事典。


「いつまで寝てるね」
「…フェイ、タン」
「何ね」


確かに起きない私が悪い。悪いんだけど、なにも後頭部をピンポイントで狙って殴らなくても。
後頭部は呼吸や体温、血圧など生命活動を維持する機能を司る脳幹がある場所。打ち所が悪ければ死んでしまうくらい大切な部分だ。かりに打ち所が悪くなくても、かなりのダメージを受ける。だって今すごく痛いし、気持ち悪い。
いや、絶対わかってやっている。だってフェイタンはそういう人だから。いや、間違えた。人じゃなくて、携帯だった。

新しい携帯を買った日。あの煙の中から現れた男の人こそ、このフェイタンだ。思い返せば早いもので、あれからもう1ヶ月が過ぎた。煙の中から急に人が現れた現状についていけず、慌てふためく私のみぞおちに、「うるさいね」と容赦無く蹴りを入れられたのはまだ記憶に新しい。思い出すだけで、お腹が痛くなる。


どこからどうみても人間に見えるが、もちろん本当の人間ではなく、擬人化機能で人間の姿になっている携帯だ。
擬人化機能とはここ数年で開発された携帯機能の1つで、一番身近な携帯が持ち主の危機の時すぐに対応できるようにと開発された。災害時や老人の急変などに大きな成果をあげている。
それが若い人たちの間でもヒットし、今や携帯の常備機能の一つになっている。(全部同僚の受け売り)

擬人化すると音声だけで誰でも簡単に操作できる優れた機能だが、若い世代ではそこではなく、人間の姿になれるというところが大ヒットしたらしい。
その携帯によって見た目も性格も異なり、同じ姿の携帯はいない。中にはアイドル顔負けのイケメン王子姿の携帯もいるらしいと噂が聞かれるが、今のところ見たことはない。


そういう話でいったら、フェイタンは間違いなく美形の携帯の分類の中に入ると思う。
漆黒でさらさらの黒髪に、細く切れ長の目に整った顔。頭からつま先まで真っ黒な服に身を包み、口元には赤いラインの入ったドクロのマスクをしているが、服とは対称的に肌は白くて綺麗だ。身長は低めだがスタイルも良く、服の下は筋肉で引き締まっていて無駄な脂肪がない。メイドインジャパンと書かれているのも関わらず、なぜか片言の話し方や小さい「っ」が言えないのは不思議だけど、それも魅力の1つだと思う。

だけど、なんていうか、その、せ、性格が問題すぎる。
一言でいうと冷酷残忍。人が痛がる事や嫌がることが、大好きで大好きでしょうがない性格の持ち主なのだ。
それは携帯の持ち主である私も例外ではなく、フェイタンから殴る蹴るは日常的に行われているし(もちろん手加減はされている)、痛いのや怖いのは嫌いだと言っているのに、どこからか見つけてきた拷問の画像や方法を延々と聞かせてくる。その度「ひぃぃぃ…!」と半泣きになっている私を見ては、フェイタンは愉しんでいた。画像フォルダが死体の画像で埋まっていたときは、2、3日悪夢にうなされた。
…一体どっちが持ち主なのか分からなくなってきた。


そんな事を考えて落ち込んでいる間に、だいぶ気持ち悪さは落ち着いてきた。喉から込みあがってきたものも奥へと引っ込んだため、口元に押さえていた手を離す。
はぁ、危なかった。

当然二度寝なんてする気にもなれず、「せっかく気持ち良ったのに…」とぼそりと呟き、仕事へ行く準備をしようと起きた時だった。


「なら気持ち良くしてやるね」
「へ…?」


フェイタンの言葉の意味が分からず首を傾げると、ぐっと急に左肩を押された。起きたばかりで力が入らない身体はなんの抵抗もなく、そのまま今しがた這い出てきた布団へと戻る。
視界には天井とフェイタンの顔。その目元は緩く弧を描いている。
その顔を見た瞬間、これから自分の身に起こる事が容易に想像できて全身の血の気がサァッと引いた。

ま、まずい…。
この体制から抜け出そうとフェイタンの胸を押してみるが、全くと言っていい程びくともしない。
そんな細い体のどこにそんな力があるんだ…!

ジタバタと抵抗する度にギリギリと押さえられる力が強くなる。
痛い!痛い!


私の抵抗もむなしく、フェイタンの右手が伸びてくる。
今から来るであろう痛みに備え、目を閉じて覚悟を決めた時だった。



さわさわ。


「っ…!?」


予想とは異なる感覚に驚き目を開けると、フェイタンが私の太ももを撫でてていた。


「なななな、なん、で」
「気持ち良くなりたい言たのはお前ね。」


そ、そんなことは一言も言ってない…!というか意味が違う!
否定しようとしてもフェイタンの指先がつーっと脚を妖しく這い、その度にびくりと小さく身体が震え声が出ない。
回数が重なる度に力が抜け、自分の意志とは関係なく徐々に熱くなっていく身体。
息が上がり思考がぼんやりとした頃、フェイタンの指がそっと頬に添えられた。


「ナナシ…」


かすかに掠れた声。

ひどく整った顔と漆黒の眼がゆっくりと近づいてくる。
心臓が耳の奥でドキドキとうるさい。
唇が触れるか触れないかのギリギリの距離で、そっとフェイタンが囁いた。


「…いいのか」
「え…」
「時間」


言われてバッと時計を見れば7時30分過ぎ。


「ぎゃー!!」




出勤後、ひたすら上司に平謝りしたのは言うまでもない。



ワタシ起こしたね







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