最近どうも携帯の調子が悪い。
電話をかけても私の声が相手に聞こえなかったり、何もしていないのに勝手に電源が切れたりと奇怪な現象が見られる。
かなり気に入って買った携帯で、2年以上も使っていたからかもしれない。
今ならちょうどキャンペーン中で携帯本体が通常よりも割引されるし、いい機会だからと携帯を変えることにした。


「わぁ、」


いざ携帯を変えに某ショップの携帯売場に足を運べば、棚の端から端まで色とりどりの携帯が陳列されており、思わず声を上げた。
文字が大きく使いやすい高齢者向きの携帯から、防犯機能ばっちりでお母さんが安心できる子供向けの携帯。今流行りのタッチ機能がついている便利なスマートホンまで、その種類は2ケタでは済まなそうだ。色も昔と違い単色ではなく、女子受けしそうな可愛いパステルカラーや、男子向けのメタリックなものなど豊富で、思わず目移りしてしまう。

ショップに来る前、携帯に詳しい同僚に相談すると「最近はパーツやボディなど細かい部分までショップでカスタムできるよ」と色々教えてもらった。最後の方はマニアックすぎてあまり覚えていないけれど…。

ただでさえ携帯ブームなのに、世界に1つだけの自分の携帯を持つ事が出来るとなれば、みんなが夢中になるのもわかる。同僚が新機種が出るたびに携帯を変える理由がなんとなくわかり心の中で頷いていると、店員さんに話しかけられた。


「お決まりですか?」
「も、もうちょっと待ってください…!」


女の店員さんと5度目のやり取り。
心なしか段々店員さんの表情も「早くしろよ…」と、呆れ顔の見えるのは気のせいだと自分に言い聞かせる。
だってこんなに種類も色もあるのだからしょうがない…!

みんなと違って携帯をポンポンと変えられるお金はないし、どちらかというと1つのものを長く大切に使いたい性格なので、できれば自分の納得したものを買いたい。そう思ってじっくりと吟味しながら探しているわけなのだけれど…。

あれは色がかわいいけど、形が気に入らないし。こっちは機能が多すぎて使えこなせそうもない。元々携帯に詳しくないのでどれがいいのか中々決めらず、店の中をあっちに行ったりこっちに来たり。
これだ!っていう決定打のある携帯があればなぁ…。
ふぅっとため息を漏らしながら店の壁時計をちらりと見れば、もう2時間以上が経過していた。


………。
自分の優柔不断を恨みつつ、今日は帰って別の休みの日に仕切り直そうと踵を返すと、店員さんがダンボールの中に入れようとしている携帯が目に入った。


「あ、のその携帯は…」
「この携帯ですか?」


作業を中断した女の店員さんが、私の目の前に携帯を持ってきて見せてくれる。


「ちょっとこれは…粗悪品で」
「粗悪品?」
「えぇ、あまりにこの機種の不具合が多いために回収されているです。新品なんですけどね。」
「これ、買えませんか?」
「えぇ?!」


女の店員さんは目を見開いた。それもそのはず。たった今粗悪品だと説明したばかりの携帯を買いたいと言ってきたのだから。

どうしてもこれが欲しい。
この携帯が目に入った瞬間、なにかうまく言えないけど、この携帯だと感じた。
一目惚れかもしれない。

もちろんダメですと断る店員さん。負けずに何度も「お願いします!」と頭を下げて食い下がる。自分でも無茶な事を言っていると分かっていたけど、ここで諦めてしまったらこの携帯と二度と巡り会えない。
そう考えただけで胸が苦しくなった。

断り続けていた店員さんだったが、何度もお願いする私の根気に負けてしまい、わざわざこの店の店長さんに相談してくれた。
そわそわしながら10分くらい椅子に座って待っていると、店の奥から店長さんが出てきた。もし不具合があった場合は別機種に交換するのを条件に何とか買う事ができた。
無茶なお願いにも関わらず対応してくれて本当にうれしい。優しい店員さんと店長さんでよかった。
帰り際に「そこまで気に入ってもらってその携帯も幸せですね」と店員さんに笑われてしまったけど。
は、恥ずかしい…。


家に急いで帰宅し、コートも脱がずに私はすぐさま新しい携帯の箱を開け始めた。新しいおもちゃを買ってもらった子供のように胸がドキドキと高鳴る。

携帯を箱から出して目の高さまで持ち上げる。
シャープで軽いボディ。色は黒というよりは漆黒に近い色。両サイドには深紅のラインが入っていて、ラインの真ん中に小さく白いドクロが描かれていた。デザインはシンプルで無駄な装飾がない。そっとボディを撫でると、滑らかな感触に「わぁ…!」と声が漏れた。

何が問題なのか分からないけど、不具合がなければ最新機種。不具合が起きないことを祈るしかない。

電池パックを入れ、電源ボタンを押す。
ピーという電子音の後、電源が入った。
起動はするみたいと胸をなで下ろした瞬間、画面に表示される文章に思わず二度見した。




―擬人化機能を使用しますか?―

Yes / No




「え」

前の携帯ではこんな表示はなかったのに…。
最新機種だし新しい機能が追加されたのかもしれないと「Yes」を選択し、決定ボタンを押す。

その瞬間携帯から白い煙が吹き出す。
煙は部屋全体に広がり、何も見えなくなった。

急な出来事にパニック状態。
あぁ、やっぱりあの店員さんの言う事を聞いていればよかった、と後悔した時だった。


「お前がワタシを買たのか」


聞き覚えのない独特の声。
煙が落ち着き半泣き状態の私の目の前に現れたのは、頭から足の先まで全て黒に包まれた見知らぬ男の人だった。


あなたはだれ?




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