「…また貴様か」

ぎらぎらと照りつける夏が終わり、明け方や夕方の風が少し肌寒くなってきたこの頃。
積み重なった執務が終り、茶で一息ついていた時だった。


いつからだったろう。
何度季節が廻ろうとも飽きる事のないわが城の庭に招きざる客がやってくるようになったのは。


「相変わらず勘が鋭いですね」


ケタケタと笑い、植木の葉と葉の隙間よりその声の主は顔を覗かせた。


「我を誰だと思っておる」

「失礼しました」


心にも思っていない謝罪の言葉を口にしながらまた女はケタケタと笑った。


一体何がそんなに面白いのだろうか。
そんな事をこの女に問うた所で答えるような奴ではないし、例え答えようとも腹が立つような答えしか返ってこないと思いやめた。そんな事を考えていると女はじーっと我の湯飲みを見ている。


「玉露茶ですか」

「お前にやるような茶はないわ」


気を悪くした様子もなく女は漂々と声で「ちょうど良かったです」と懐から何かを取り出した。


「奥州で見つけた菓子です。玉露茶と一緒に食べると美味しいですよ」

「……誰が貴様の持ってきた菓子など」

「気に入らなかったら捨ててください」


我の話も聞かずに「では」と言い残し女は消えた。一体なんなのだ、あいつは。
湯飲みを置き、草履を履く。
女のいた植木に近づけば、枝に丁寧に包装された箱が吊るされていた。


初めはどこぞの間者と思い、殺してやろうとしたがあと一歩の所で逃げられた。あの傷ではどの道長くは持つまいと対して気にもかけていなかったが、その3ヶ月後。また女は何事もなかったかのようにケタケタと笑い、我の庭にやってきた。


「この菓子、美味しいですよ」


片手に菓子をもって。


殺されかけた奴の元に再び姿を見せる奴の神経が理解できず、殺す気も失せたのでそのままにしていたら、一つの季節が終わる頃に度々庭にやってくるようになった。

いらぬと言っても女は菓子を置いていった。
初めは毒が入っているのだろうと思い、捨てていたが、試しに家臣に食わせてみたところ毒も入っておらず、しまいには家臣からは「あの有名な老舗の菓子を頂き、誠に幸せでございまする…!」と土下座をされる始末。

それからは口につけるようになったが、女の持ってくる菓子は美味で恐ろしいほど我の口に合うものだった。

それゆえいつもの菓子では物足りなくなったのは大きな誤算だったとしか言えない。



「…またか」

「あはは、ばれちゃいました?」


いつものように女はやってきた。
ケタケタと笑うその顔もいつしか見慣れたのものだった。


「それ…」


女の視線の先には茶の脇に置いてある菓子。


「…ふん。家臣がいつもの菓子を買い忘れたのよ。仕方なくだ。」

「そうですか」


葉と葉の間から覗く顔を横眼で見ればいつもケタケタと笑う顔ではなく、今まで見た事のないほっとしたような安堵の顔に少々驚いた。


「また持ってきますね。今度は…そうだ。暑いからわらび餅はいかがですか?そこのわらび餅は中にあんこが入っていて絶品なんです」


では失礼しますと消えるようとした女に「おい」と声をかける。


「貴様、名をなんと言う」

「え、」


女は間抜け顔をして我の顔を見た。


「…なんでもないわ」


我とした事が一体どうしたというのだろうか。
引きとめてしまった事に自問していると女はすぐにいつもの顔に戻った。


「次回」

「………?」

「次回また来れた時にぜひ私の名を」


楽しみにしております、元就様。


と女は言い残し消えていった。

次回とはいつだろうか。
いや、それよりもなぜ我はあの無粋な奴の名などを聞こうと思ったのか。
いくら考えても答えなど出るわけもなく、胸に小さなしこりを残して消えていった。



**


それから一月。
いつもの執務に追われていた。

家臣から自国の報告を聞き終え、自室に戻ろうとした時だった。いつもは聞き流す家臣の話に思わず足を止める。


「実は不審な賊が元就様の庭にいまして処分いたしました。
どこぞの間者かと思いましたが不審な事に武器は一切持っておらず、持っていたのはこれでして…」


家臣の懐にから出てきたのは、菓子の箱だった。
箱のいたる所は潰れており、綺麗な模様の包装紙にはうっすらと紅い染みが付いていた。報告を続ける家臣の手から箱を取り上げ自室に戻る。



包装を開ければ中に潰れてあんこが飛び出しているわらび餅が入っていた。





名もなき甘味毒
(こころに残るこの毒の名を我は知らない)

2012.9.12



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