水面に泡沫 | ナノ


 流路に語る

「団子が食べたい」

大きな岩の上で心を無にして水面を眺めていると、煩悩に塗れた言葉が降ってきた。
顔を上げて声がした方を見やれば、もう一度「団子が食べたい」と宣うイタチくんがいた。えらく整った顔は無表情で親しみ易さの欠片もないのに、発言の可愛らしさとのギャップに笑ってしまう。

「鬼鮫さんは?」
「今日は別行動だ」

それは残念。呟いて、視線を川に戻す。さらさらと穏やかな流れは、光が反射してきらきらと眩しい。「イオリさん」と名前を呼ばれ、「んー」と気のない声を返す。立ち上がらない私を見て諦めたのか、イタチくんは隣に腰を下ろした。
何を言うでもなく、並んで座る。ちらりと盗み見ると、さっきから私がそうしていたように、流れる水面を見つめていた。

「何か見つけた?」
「いや……イオリさんが何を見ているのかと思って」

水面から目を逸らさずに答えるイタチくんは、何やら真剣な顔をしている。はて、と首を傾げていると、イタチくんの形の良い唇が再度開いた。

「イオリさんには、この世界がどんな風に映っているのか、見ているものを見たら、わかるかと思ったんだが」

難しい。呟くように溢した言葉に、目を白黒させた。
私が見てる世界を見たい?意味を汲み取りかねて、言葉に詰まる。
固まる私を見て、イタチくんはフッとイタズラっぽく笑う。

「貴女は、この時代の人間ではないのだろう?」
「……知ってたの?」
「様子が気になって、少し調べた」

医療忍者について調べたらすぐにわかった。そう言われて、長門の言った「かつて名を馳せた医療忍者」も、あながち嘘ではないのかもしれないも思った。
最も、イタチくんは柱間さんの里である木の葉出身で、何よりもうちは一族だと言うから、誰かしらの記録が残っていたのだろう。

「うちはの文献と、柱間一族の文献に少しだが残っていた」
「やっぱり……ちなみに、どんな風に書かれちゃってたりしたんでしょうか」
「医療忍術の祖とも言うべき一族だったが、イオリさんが最後の1人で、イオリさんが書き残し守ってきた物は木の葉の里で、医学の基本書とされている」
「うへぇ、それは大層な」
「あとは」

自分すごいな、と照れ臭いような誇らしいような、擽ったさに表情筋をムズムズさせていると、イタチくんは難しい顔をして一旦言葉を切った。

「どうしたの?」
「いや……また気が向いたら聞く」

歯切れ悪く答える様子に、私の悪口でも書かれてたのではないかと疑念が湧く。マダラか。マダラなのか。無理に聞き出すのも何なので、この話はここで終わりにする。
へぇ、と息を吐き出し、グッと一伸びすると、前世の頃の出来事がふわふわと頭に過る。

「前世にいた頃、平和を願ってた筈なのに、現世ではこうしてS級犯罪者の集まりにいるなんて可笑しな話よね」
「確かに」

自嘲気味に笑えば、イタチくんも神妙な顔で頷く。

「でもね、私にとっては正義か悪か、よりも、ただ治療を必要としているか否か、が大事なの。こんなこと貴方に言うのも可笑しいけど、今だって暁にいながら、何処かの里の忍も治療する。もしかしたら、暁にとって脅威になる敵かもしれない人を、助けてる」

その人が、暁の、それこそイタチくんの命を奪うかもしれないのに。
謝るでもなく、ただ事実として淡々と言葉を紡ぐ。罪悪感を感じることが、私にとっては悪となる。
隣に座るイタチくんが、小さく笑った。

「信念を持って、それを貫くことは生半可な気持ちではできない。それを前世だけでなく、現世でも貫き続けている貴女は、とても強いと思う」

予想だにしない発言に、思わずイタチくんを見て固まる。穏やかに微笑む彼は、女の目から見ても綺麗で、嫉妬するのも烏滸がましいと、場違いながら思う。

強い。やることもない現世を、ただ無気力に過ごす私を、彼は強いと言った。物理的な強さではなく、精神的な強さ。何を知っているのだと思うが、なんだかイタチくんには全てを見透かされているような気がしてしまうから不思議だ。

「……イタチくんて、絶対モテるよね」
「一族を皆殺しにした男がモテると思うか?」

開き直ったような笑顔は、どこか悲しげで、言葉に詰まってしまう。
彼のことは、本人から聞いた他に、噂程度にあちらこちらからの話を聞いて知っている。知っているが、それが真実だとは思っていない。
力を持つが故に、全て1人で背負い込んでしまう人を、ずっと側で見てきた。イタチくんも、そうなのではないか。
どうか1人で抱えて、潰れてしまわないで欲しい。拒絶なんかしないから、頼って。そう言おうとして、しかし口から出ることはなかった。
彼のことを知ってるわけでもない私が、彼の背負っている物を背負えるわけがないのだ。
口を噤み、言葉を飲み込む。それから、笑った。
よっこいせ、と立ち上がり、イタチくんに手を差し出す。目を丸くして見上げてくるイタチくんは、年相応でほんの少し可愛かった。

「早く行かないと、甘味屋さん閉まっちゃう」

にへらと締まりなく笑えば、意を汲み取ったイタチくんは小さく笑って、差し出した手を取り立ち上がった。
誰の助けも求めていない彼にできるのは、ただ隣で取り留めもない話をしながら、茶を啜り団子を頬張るくらいだ。




(150305)

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