恋に上下の隔てなし | ナノ



Hyperion

3

最初こそ相手を掴めず慌てたものの、狭い車内に現れたイワパレスを一瞥し、内心ホッとする。

「ダイケンキ、アクアテール!」

まずは相性の勝利といったところか。相手が特性のおかげで耐えるのもまぁ、想定の範囲内だ。最初こそ掴みきれない相手のペースに呑まれそうだったが、バトルを経て徐々に自分のペースを取り戻す。バトルをする上で相手のペースに呑まれてしまうのは恐ろしいことだ。先程目の前の男、ノボリも言っていたように、どんな相手でも自分を貫けるか。それが勝負の鍵と成り得ることもあるのだ。
久々の本気のバトルで体中で感じる刺激と緊張感が、リオにバトルの感覚を思い出させていた。少しずつ溶けていく感覚が体中に染みわたり、同時にリオの中に”楽しさ”が溢れだした。

「…アクアテール!」
「ボルトチェンジ!」

ほぼ同時の指示と、水と電気がぶつかり合う音が狭い車内に響き渡った。激しい衝突に目が眩む。思わず瞑った目を開くと、瀕死のダイケンキと、ボルトチェンジの効果で入れ替わったダストダスが目に映った。

「っ、ありがとうダイケンキ!頑張ってシャンデラ!」

ダイケンキをボールに戻し、シャンデラを出す。狭い車内に不釣り合いな装飾品のようなシャンデラが揺れる。

「はじけるほのお!」
「どくどく!」

しまった、とリオの顔が歪む。どくを受けたシャンデラのHPは徐々に削られる。長期戦は禁物だ。後に控えるドレディアでは、相手のポケモンと相性が悪い。
ここで一気に片をつけよう。幸い、今のところまだHPは十分だし、相性的にもこちらが有利だ。

「シャドーボール!」

シャドーボールを受けて倒れそうになるダストダスをボールに戻し、ノボリは素早く最後の一匹・ギギギアルを繰り出した。ダイケンキの攻撃で、HPも残りわずか。どくのせいで少しずつ、それでも着実に体力の減っていくシャンデラのためにも、早く決着をつけなければ。とどめだ、とはじけるほのおを命じれば、瀕死になりボールへ戻っていくギギギアル。勝った。嬉しいとか達成感とかそんな感情の前に、純粋にホッとした。

「ありがとうシャンデラ。すぐ回復してあげるからね」

どくを受けゆらゆらと揺れるシャンデラをボールへ戻し、終わったのか、と改めて相手を見た。
三体とも瀕死状態となったノボリが、小さくボールへ向かって労いの言葉をかけているのが聞こえてきた。優しい人。あまりに表情がなく無機質なオーラをまとっているから、人らしい優しさを目にして、何だか和む。
リオの中でノボリの印象がよくなった矢先、ボールをしまったノボリはぐるりとリオの方へ勢いよく向いた。あまりにも勢いがよく、また唐突だったため、思わず後ずさりをする。

「ブラボー!あなたさまはその実力で勝利と言う目的地に到着いたしました!しかし人生はまだまだ続きます!次の目標に向かってひた走ってくださいまし!」
「は、はぁ…」

一息にそこまで言うと、ノボリは横に並ぶ座席にすとりと座った。少しも変わらない表情のまま、ただじっと目の前の流れる光の線を眺めているようだった。何だろうこの人。しばらく呆けてノボリを見ていたリオだったが、ふと我に返り、とりあえず回復をしようと備え付けの機械へ向かった。
よくわからない人。それがノボリの印象だった。仮面を付けているかのように一切変わることのない表情とは裏腹に、意外とテンションが高い。無表情なハイテンションはなかなかどうしてシュールだ。でも、ポケモンにはとても優しい人。戦い方、バトルの後のパートナーへの労りを垣間見て、悪い人ではないことだけは確かだった。

「座らないのですか?」
「え?」

回復装置を操作しながらぼんやり考えていると、声をかけられた。咄嗟のことで間抜けな声が出る。恥ずかしくなるリオを余所に、ノボリは相変わらず表情を変えない。それが余計にリオの羞恥心を煽った。リオの心中は露知らず、ノボリは自分の座っている横の席をトントンと叩き示す。

「つり革にも掴まらないで立っていると危ないですよ。よろしければ、わたくしの隣に座ってくださいまし」
「は、い」

思わず、言われるがまま隣に座る。カタンカタン。車内には電車の走行音しかしなかった。
気まずい。ノボリの顔をちらりとのぞけば、変わらない表情でじっと流れる光の筋を見ていた。否、見ていたのかもしれない。表情も目も変わらないものだから、何を見ているのかすらわからない。ふと、ボールがカタカタ揺れ、赤い閃光と共にダイケンキ、シャンデラ、ドレディアが出てきた。

「わっどうしたの」

一斉にすり寄ってくるパートナー達に、驚きながらも救われた気がした。気まずい空気のまま、耐えきれる気がしなかった。勝って嬉しいのかぎゅうぎゅうとリオにすり寄るポケモンたちを見て、ノボリもリオの方へ顔を向けた。一瞬びくっと体を揺らしそうになったが、流石にそれは失礼だという理性が働き、若干体をノボリとは逆の方向へずらすにとどまった。気づかなかったのか、はたまた気にしていないのか、ノボリは手を伸ばすとシャンデラの頭をゆっくりと撫でた。

「いいパートナーをお持ちですね」
「えぇ、皆素直でいい子ですよ」
「わたくしもシャンデラを連れているのですが、あなたさまのシャンデラもなかなかの実力でした」

褒められて嬉しのか、照れて炎を燻らせるシャンデラ。ノボリは心なしか柔らかい雰囲気を纏っていて、リオは内心ほっとした。何だ、普通の人じゃないか。シャンデラやダイケンキ、ドレディアもすっかり警戒を解いているくらいだから。

「久々に力を出し尽くせた気がいたします」
「私もです。イッシュに来てからこんなに思いっきりバトルしたの、初めてです」

小さく笑うと、気のせいか一瞬、ノボリも表情を崩した、ように見えた。笑ったわけではないのに、何故だかどきりとして、思わず目を逸らしドレディアを抱きしめた。
横目でこっそりと覗き見ると、雰囲気は柔らかいがやはり笑ってはいないまま、シャンデラをしげしげと眺めるノボリが見えた。やっぱり見間違いかな。ドレディアを撫でながら、もう一度見たいと思ってる自分を不思議に思う。
それから流れる光の筋とカタンカタンと音を立てライモンシティのギアステーションへ向かう電車に、2人と3匹の声が加わった。



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