瀬戸内物語 | ナノ



瀬戸内物語

のんびりまったり

瀬戸内海を越えお世話になり始めてから早5日くらい。以前にも厄介になったこともあるのですぐに馴染んだ葵は、すっかり長曾我部軍の一員のように過ごしていた。
一員と言っても戦があるわけでもないので、鍛練に付き合ったり食事を作ったりで、それなりに平和な生活を送っている。葵が来てからと言うもの、潤いが出ただの兄貴の女ができただのと兵士のテンションは上がりっぱなし、さらにまつ直伝の料理の腕をもつ葵が作る食事が最高だと、とにかく軍全体が盛り上がっていた。
そんなある日、

「野菜が食べたい」
「…は?」

すっかりちゃっかり居座り続けている葵が突然言い出した。



何の前置きもなく突然隣に陣取り、突拍子もないことを言い出す葵に付いていけず、元親は間抜けな声で返事をする。「野菜?」と葵の言葉を反芻すると、葵は大きく頷いた。

「野菜です。だってここの食料って魚とか肉とかばっかりじゃないですか」
「…あぁ」

油モノばっかり食べると健康にも悪いですよ!と怒るを葵見ながら、そう言えばそうかもしれないとのんびり思った。とは言え、海に出てれば魚ばかり捕れるのだから仕方がない。その辺を伝えれば、葵むぅ、と唸った。「そうですけど…」とか何とか呟いている。

「お前魚嫌いだったか?」
「好きですけど…私基本的に肉類ってあんまり食べないんですよ。魚もついさっきまで生きて生活していたと思うと…!」

「おおおお…!」と涙ぐむ葵。どうやら生き物を食べるのは可哀想らしい。実に葵らしい考えだと無意識に顔が綻ぶ。結局、自分も葵に甘いのだ。
葵はしばらく今まで食べてきた魚に冥福を祈っていたと思ったら、急に顔を上げた。

「そうだ、村まで行けば畑だってありますよね!ちょっと買いに行きましょう!」
「買いにってお前、金あんのか?」
「私だって一応毛利家に仕えてますからね、給料くらいもらいますよ」

実家も近いですしねーと笑うに、ふと疑問が沸いた。実家?
葵は、確か忍の郷…武田の猿や上杉のくのいちと同郷だと、初めて会ったときに言っていた。武田と上杉の忍2人の郷は、詳しい場所は知らないが、毛利の所領内ではなかった気がする。疑問に思ったことを口にすると、葵は一瞬ぽかんとした後すぐに笑って説明を始めた。

「そういえば元親さんにはまだ詳しいこと話してませんでしたっけ」
「おー」
「私の実家、吉川の家なんです」
「吉川ってあの鬼吉川?」
「そうそう。で、3歳くらいまでは実家で育ったんですけど、ふらっとやって来た忍の郷、つまり佐助やかすがの里の長が、何が良かったんだか私を気に入ったらしくて、親に頼みこんで養子にしちゃったらしいんです。親は親で政略結婚に使うくらいなら、って了解したらしくて」
「へえ…そんで一人前になったから戻ってきたのか?」
「ん、『一人前になれたら戻ってくる』ってのが両親と里長の約束だったらしいですからね」
「…お前、本当に愛されてるな」
「?」

ふとこぼした言葉に首をかしげる。あまり自覚していなさそうな彼女には、突拍子もない言葉に聞こえたのだろう。さっきまでの聞き手と受け手の立場が変わり、今度は自分が話して葵が聞く体制に入る。

「口減らしじゃなくて、政略結婚に使いたくなくて忍の里に行かせたんだろ?
この御時勢、娘を政略結婚に使いたくないってのもすごいだろ。その上一人前になったら戻って来い、ってことは里に出したことも少なからず寂しかったってことじゃねえのか?」
「あーなるほど。確かにそうですね」
「なるほどってお前…自覚無しか」
「愛されてるなあ、っていうのはよく思いますよ。今でも何かにつけて世話焼いてくれますし、感謝してます。でも改めてそう言われると、何ですかね、やっぱり周りから見たら珍しいのかなって」
「そりゃあ…かなり珍しいだろ」
「ですよね。んーでも、私は今までそんな風に育ってきたからか、子を出世の道具にしたり、親を殺して成り上がったりする方が不思議に思えて。…恵まれて育った、甘い考えですけどね」

そう言って、苦笑する。本人は甘い考えと言ってはいるが、初めて聞く葵の考えに驚いた。そして同時に、今の葵の性格や行動がその考えに基づかれているのかと思い、妙に納得もした。
戦忍として戦場に赴くことも少なくない葵が、普段は誰に対しても態度を変えることなく笑顔でいる。今まではただのお人よしなのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。生まれてからこれまで周りの環境が、彼女にそうさせているのだ。
下心も野心も、邪な気持ちもの行動、表情には含まれていない。だからこそ、あの冷酷無比とまで言われる毛利元就までも葵のことを想っているのかもしれない。…多少不愉快だが。

「?元親さーん?」
「っ!」
「どうしたんですかボーっとして」
「いや、何でもねえ。…そ、それより野菜見に行くんだろ?連れてってやる」
「そうだった!さっさと行かなきゃ夕御飯に間に合いませんよね!」

善は急げ!と逸る葵に苦笑をこぼしながら、今まで知らなかった葵の考えまで知れてどことなく嬉しくなった。

「(こりゃ毛利が返せっつっても素直に返せねえな…)」

ひっそりとそんなことを思いながら、さっさと駆けていく葵の背中を追った。

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