瀬戸内物語 | ナノ



瀬戸内物語

鬼の優しさ

「で、逃げてるうちに海を越えて俺のところに来た、と」
「死ぬかと…本当に死ぬかと…!」

話終わった後、私はとんでもない疲労感に襲われた。何せ1週間がかりの仕事から帰ってきて休まず四国まで来た上、あまり思い出したくはない話を最初から話していったのだ。特別報酬の一つや二つもらってもいいと思う。
脱力したように畳に伸びる(屋敷に連れてきてもらった)私を、元親さんは「ご苦労だったな」と言いながらさっきみたいに撫でてくれた。薄情な仲間達から逃げてきた後の、この気遣いは胸に染みる。

「しっかしあの知将・毛利元就がねぇ…」
「あの人は元就さんの皮を被ったニセモノです!」
「いや案外本音だったり…な」

そう言ってニヤリと笑った元親さんは、どこぞの独眼竜のようだった。遥か北の地にいる二人とその愉快な仲間達が脳裏をよぎる。

「(あぁ…こんな時こそ、こじゅさんの野菜が食べたい…)」

最近会ってない奥州の双竜に思いを馳せながら、ため息。

「本音だったらビックリどころじゃないです……
………………気のせいだと思いたいんですけど、追いかけられてるときに『ザビー様』とか聞こえたんですよ、ね…」
「ザビー…ってあの変な南蛮人か?」
「あれ、元親さん知ってるんですか?」
「まぁ一応…な。噂だけは有名だからな」
「…元就さん、ザビー教に入っちゃったのかな…」

ポツリと溢す。逃げている間、何となくは考えていたことだ。
愛だの何だの言ってる宗教、ザビー教くらい。それはわかっているけど自分の主がザビー教信者だなんて嫌すぎる。信じたくないのが本音。
情けなく泣いていると、頭をぐしゃぐしゃにしていた手付きがぐっと優しくなった。

「しょうがねぇな、部屋は用意してやっからしばらくはここにいていいぜ」
「〜〜ッッ!元親さん大好きです――ッッ!!」
「ーッッ!!っわかった!わかったから腕の力を緩めろ!」

感謝感激感無量。まさにそんな感じで思わず抱きついたら怒られた。離せとは言わない辺り優しいと思います。あれ?作文?
それにしても私みたいな女の力で苦しいわけはないと思うのだが、どうか。戦忍びとして働いているわけだが、相手は一軍を担う大将だ。

「…元親さんと元就さんって、対照的なわりには結構似てますね」
「はあ?どこがだよ」
「何だかんだ言って優しかったり、私が抱きついても腕の力を緩めろ、とは言うけど離せとは言わないとことか?」
「……お前いつもこんなことしてんのか」

呆れ顔で言われれば返す言葉もない。…別に抱きつき癖があるわけではない。と思う。
堂々と言い張るほど自信はないので心の中で呟き、言われたとおりに少し腕の力を緩める。

「毛利が押し倒したくなるのも頷けるな…」
「?何か言いました?」
「いや、何でもねぇ」

ボソリと何か聞こえた気がしたが、今は安堵の気持ちで一杯なので深く追及するのはやめておいた。

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