瀬戸内物語 | ナノ



瀬戸内物語

帰ってきてください

「……………」
「どうした?」
「ん、そろそろ限界かなぁ、と思いまして」
「はぁ?」

ふう、と一息をつきながらお茶を啜るの葵姿は、見かけに似合わずどことなく年寄りくさい。元々見かけに寄らず案外中身は大人なだけに、今ではあまり気にならなくはなったが、それでも童顔ゆえに言動が一致せず何ともちぐはぐだ。
それはともかく、葵の様子がおかしい。四国へ来て一週間は経つが、ここ2日ほどじっと何かを感じ取っているような、普段の飄々とした葵らしからぬ光景がよく見えた。

「何が限界だって?」
「最近、毛利軍の忍…まぁ言ってしまえば私の部下になるんですけど、その人たちが来ちゃったんですよ」
「おま…それは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないですか?そろそろ来るかなぁとは思ってましたし」
「オイオイ…そんなに呑気にしてていいのか?」
「?」
「忍が動き出したってことは、強制送還されてもおかしくはねぇだろ」
「あっはは、私がそんな簡単に捕まると思います?」
「いや…それはそうだがよ…」

大丈夫ですよ、と湯呑を持ったまま立ち上がる。どこへ行くのかと尋ねれば、そろそろ寝ます、と笑いながら襖に手をかけた。
その笑顔がいつもと違い、違和感。しかしそれが何なのかまではわからない。言葉に詰まった元親を見、クスリと笑いながら葵は部屋を後にした。





その夜。あてがわれた部屋に面した縁側に、葵はいた。何をするでもなく、ただそこに。ふと顔を上げ空を見たかと思えば、小さくため息をつき、口を開いた。

「…与助さん」
「…よくお気づきに」
「これでも、忍頭ですから」

苦笑気味に言う葵につられ、小さく笑いながら与助と呼ばれた男が、どこからともなく現れた。葵の目の前に膝をつき、頭を下げる。葵が「そんなことしなくていいって言ったのに」と不満そうにつぶやけば、「一応頭ですから」と返される。目が合い、お互い小さく笑い合う。

「元気そうでなによりです」
「貴方も、ね。こんなところまで御苦労様」
「そう思うのなら早くお戻りください」
「元就さん、怒ってたでしょ」
「それはもう…まぁ、葵さまばかり責めるわけにはいかないとは思いますが」
「そう…」

言葉を切った葵を不思議に思い、与助は下げていた頭を少しだけ上げる。葵は遠くを見つめるような目で、空を見上げていた。
毛利軍にいた時も、何度かこのような光景を目にしたことがある。声をかけることすら憚られる、不思議な雰囲気を纏うのだ。

「そろそろ、かなぁ」

聞かれないように、こぼした言葉。それでも与助には聞こえたようで、わずかに反応を示した。何か言うべきか、困ったような顔をしている与助の様子に笑いながら、しかし与助の方は見ずに、葵は言った。

「うん、皆にも迷惑かけちゃってるみたいだし、帰ろうかな」
「!さま…」
「ただ、元親さんたちにも挨拶はしていくから明日ね」
「かたじけない…これで毛利軍も活気づきます」
「私がいるだけでそんなに変わるかなぁ…」

心底不思議そうな顔をする葵に苦笑しながら、与助はうなずく。

「(自分がどれほど想われているか、ご存じないのも困りものだな…)」

心の中でそっと呟き、また苦笑。葵は気が付いているのか気が付いていないのか、のんびりと月見酒ならぬ月見茶を楽しんでいた。

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