瀬戸内物語 | ナノ



瀬戸内物語

家臣たちの憂鬱

元親と葵が近くの村まで野菜を買いに行っていた頃、毛利軍では―――

「まだ見つからぬのか」
「はっ…何せ葵さまは我が軍の忍頭、足取りは容易には掴めませぬゆえ…」
「言い訳は無用、去れ」
「は…」


「どうだった?」
「相変わらず元就さまの機嫌は悪いのか?」
「そりゃあもう…」
「葵さまさえ帰ってきてくだされば…」
「ですよねー」
『はぁああああ・・・・』

元就には眉間の皺3割増(当社比)、家臣たちには深いため息が通常オプションとして付加されていた。


葵が毛利軍に来たのは3,4年前。元は吉川の娘だったが、忍びの里に預けられていたのが帰ってきてからだった。初めこそ『女だから』と周りからも冷たく接せられていたが、持前の明るさと忍としての実力で、瞬く間に忍び頭へと出世。周りからも認められ、今ではこの軍にとってかけがえのない存在となっていた。特に、あの気難しい元就に憶すことなく接せられるのは葵くらい。家臣と元就との間を取り持ったことも、1度や2度ではない。

「葵様さえ、葵様さえ戻ってきてくだされば…」
「ううむ…思ったより長いな…」

葵がいなくなってからというもの、毎日毎日元就の機嫌がすこぶる悪い。本人は無意識、無自覚なのだろうが、明らかに態度が変わった。元に戻っただけならまだいいが、元より悪くなっているのだから性質が悪い。重臣から兵卒に至るまで、いつの間にやら『葵捜索隊』があちこちで成立している有様。

「葵様が旅に出るのはいつものことだが…」
「今回のはちょっと、なぁ…」

葵が偵察と称してあちらこちらへ行くのは、さして珍しくもない。北は奥州、南は薩摩まで、行きたくなったらフラリと出かける。それが葵だ。
けれど、今回はわけが違う。偵察という名の旅ではなく、主から逃げ出して行方不明。帰ってこないとなると、悪い方へと想像せざるを得ない。

「葵様に限って他軍へ寝返りは考えられんが…」
「でも、見つかったとしても元就さま本人が動かねば事態は変わりないのでは…」
「だよなぁ…」
『はぁああああ・・・・』


「伝令!葵様が見つかった模様!!」
「なんと!」
「それはまことか!?」

若干興奮気味にそう告げたの偵察部隊の忍A。自分の上司である葵が見つかったのがよほど嬉しかったのであろう、顔を上気させて緩む頬を隠し切れていない。報告を聞いた側もこれ以上の報告はないと喜んだ。
しかし、そのすぐ後に告げられた言葉に場が凍った。

「はいっ!長曾我部の元に身を寄せているそうです!!」
『なっ…!?』
「えっ!?何か悪いこと言いました!?」
「忍Aよ、もう一度言ってくれ」
「は?」
「ワンモアセッ!」
「はっ…葵さま、現在長曾我部軍にいる模様!」
「よりによって長曾我部の所とな…!?」
「元就さまに伝えられぬではないか…!」

頭を抱えて唸る重臣+αに疑問符を飛ばす忍A。
それもそのはず、葵が見つかって喜ぶ所を、何故この人たちは頭を抱えているのか。この時の忍Aは、まだわかっていなかったのだ。

「こうはしておれん!我らだけで葵さまを何とかして説得せねば!!」
『おー!!』

バッと勢い立ち上がると、頭を抱えていた重臣+αは勢いよく外へ飛び出した。
後に残されたのは、未だ彼らの行動が飲み込めない忍Aと、何を為さんとしているのかわかったものの、勢いに乗りきれなかった内務担当だけ。老臣は「葵さまを頼むぞ…」と呟き、忍Aは「ワンモアセッ!って何だ…」と疑問符を飛ばすのだった。


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