~2011 | ナノ
いつか全てが無に帰るその日まで

「宇宙は空間によって私を包み、1つの点としての私を呑み込む。しかし思惟によって、私は宇宙を包む」
「…どうしたんだい、急に」

今いるのはこうてつ島の奥の奥、普通の人ならまず訪れないであろう洞窟の中。決して大学や研究所のような講義をする場所ではない。しかし岩に腰かけ、ひんやりとした洞窟で冷えた体を温めようと暖かいココアをすすりながら、リオは言った。例の、宇宙が云々という冒頭の台詞を。言った本人は何でもないようにチョコを頬張るルカリオの頭を撫でているが、聞かされたゲンは何のことやらと首を傾げてリオの答えを待つ。
ココアを飲み終わったリオは、2杯目をマグカップに注ぎながらゆっくりと口を開いた。

「いえね、この間読んだ本に書いてあったんですよ」
「それはまた、小難しい本を読んでるね」
「いやいや、難しくない本なんてこの世に存在しやしませんよ」

リオが突拍子もないことを言うのはいつものことだ。ぼんやりしているように見えて、リオはいつも何かを考えていた。その何かは、実に多岐に渡る。さっきのように哲学的なことを考えている時もあるし、自分の手持ちポケモンについて、シンオウに伝わる神話について、はたまた単に夕飯のおかずのことを考えているだけの時もある。
しかしまあ、考えて、こうして誰かと会話をしている時に話の糸口を提供する、という意味ではリオと一緒にいる誰かは退屈はしないのだが。実際のところ、リオの話は何の脈絡もなければ突拍子もないのだが、聞いてみると意外と興味深いものがある。もちろん、小難しい話も多いので途中で頭が混乱したり睡魔に襲われる人は多いが、今ここにいるリオの話し相手、ゲンはそういった話を最後まで聞き、たまに自分の考えも差し込める数少ない相手だった。

「人は考える葦だって言いますけど、ちっぽけな存在の葦が”考える”なんて誰にでもできる行為で世界を包みこめるなんて素敵だと思いません?」
「確かに惹かれるものはあるね。何だか壮大な下剋上みたいだ」
「壮大な下剋上…なんかいいですね、それ」

面白そうに笑い、二杯目のココアに口をつける。ゆっくりと飲み下しながら、リオはまた思考の世界に入り込んだ。
何だかんだで長い付き合いになるゲンは、こうなったリオに何を言っても会話にならないことを知っている。不思議とリオといる間は沈黙も心地良い。ルカリオと2人で他愛もない話をしながら、リオの考えがまとまるまでのんびりと待つ。薄暗くひんやりとした空間にいるのに、ゲンやリオのいる空間はそこだけ色がついたように明るく、暖かい家にいるような、そんな心地。リオもゲンも、この空間、この時間が好きだった。

「”考える”ことで人は宇宙を呑み込めるけど、”考える”ことをしていない時は宇宙を呑み込めず、逆に宇宙に呑み込まれてる…ってことですかね?」

しばらくして口を開いたリオはそれだけ言うと「でもなー」とか「いや…?」とか呟きながら、一人でまた考え始めた。ゲンはそんなリオを見て苦笑し、ルカリオは不思議そうに、それから少し寂しそうにリオを見つめる。

「…リオは宇宙に興味があるのかい?」
「宇宙と言うか、今私やゲンさん、ルカリオが存在するこの世界に興味がある、って言った方がいいかも」
「この世界に?」
「はい。宇宙も気になるけど、なんで気になるんだろうって考えたら、結局今いるこの世界自体が不思議で、だからその不思議な世界にある未だによくわかっていない宇宙に興味があるんだと思います」

ポケモンは今や人との生活に馴染み共存してはいるが、未だにわからないことの方が多いと言う。だからこそオーキド博士やナナカマド博士と言った人が出て、ポケモンの研究をしているのだ。
ポケモンほどとは行かずとも、人にだってわからない部分は存在する。たとえば、人体を構成する成分は細かくわかっても、それを組み立て、成長させることができるのは両親だけ。そうして成長した個体が大きくなり、感情を持ち、人と関わり、何かを生み出していく。目には見えない、感じるにも曖昧な、不思議なものから生まれたもので世界は回っている。
よくもまぁ舌を噛まないものだと、一種の感動すら覚えるリオの饒舌っぷりにまたもや苦笑する。当のリオは大分考えがまとまってきたのか、すっきりした顔つきでルカリオを後ろから抱え込むようにして抱きついていた。ルカリオはくすぐったそうに、それでも嬉しそうにされるがまま。そんな嬉しそうなルカリオに、リオの頬も自然と緩む。ゆっくりと頭を撫でながら、ぽつりぽつりと、考え構築したことをこぼしていく。

「私が今ここに存在するのも、私の両親が出会って、恋して、愛し合ったからなんですよね。まぁ、今となっては喧嘩ばっかりですけど」
「確かに、そう言われてみると何気なく存在するもの全てがリオにとっては不思議なんだろうね」
「リオにとっては…ってゲンさんは不思議じゃないんですか?」
「不思議じゃないってことはないけど、」

首をかしげ見上げてくるリオに笑いかけながら、リオを後ろから抱え込むように抱きしめる。リオがルカリオを抱きしめ、その一人と一匹をまとめて包み込むように、やんわりと。

「今ここに私がいて、リオがいて、ルカリオがいる。私にはそれだけで十分だよ」

一瞬ぽかんと固まったリオ、主人にそう言われたことが嬉しそうなルカリオ、そんな一人と一匹を笑って見つめるゲン。
言葉の意味を汲み取った瞬間、目をぱちくりしていたリオの顔に笑みが広がった。

「なるほど、それは素敵に無敵ですね」

それから2人で顔を見合わせ、笑った。






不思議なことだらけの世界で、こうして出会えて、隣で笑っていられることもきっとみんな奇跡なのだ。
たとえいつか消えてしまうものでも、今は確かに存在しているから。笑って幸せの中にいられるから。
出会わせてくれた奇跡に感謝しながら、今日も私は確かに生きている。




(20100302)title by リライト


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