~2011 | ナノ
いま、この一瞬



彼女は絵に描いたような"良い子"に見えた。
実家である小間物屋で毎日くるくる働き回りながら、誰であろうともホッとするような笑顔を見せていた。決して人を選ばない様子が老若男女問わず愛される所以なのだろう。彼女目当てに通う輩も少なくなかった。どうにか彼女を落とそうと可愛らしい小物や花束を持ってくる男、お茶でもどうかと誘い出そうとする男。しかし彼女はどれも丁寧に、困ったように笑いながら、どれも断った。中には所謂"イケメン"からの誘いもあったが、彼女はそれすら断った。
誰なら、どうすれば彼女の心を射止めることができるのだろう。ここ歌舞伎町の片隅で、ひそかな話題になっていた。



「可愛いものが大好き、というわけではないんです。もちろん人並みには好きですけど。でも、小さくとも小間物屋ですから、簪や櫛をいただいても、持て余すだけなんです」

彼女からそう聞いたのは、ひょんなことで彼女と知り合って3ヶ月が経とうとしている時だった。
お互い顔と名前を知っている程度だったが、たまに街で会えばお茶をするようになっていた。何てことはない、気の合う茶飲み友達みたいなものだった。
その日もたまたま街ですれ違い、近くにあった甘味処で団子を片手にお茶をすすっていた。最初はお互いの近況を話していたが、その内彼女はふと、最近客としてではなく彼女目当ての人が多いことを溢した。それによって他の客が敬遠してしまうこと、変にからかわれること。普段誰にでも安心感を与える笑みを浮かべる顔は暗かった。

「実際にあまり話したこともない方に好意を抱かれても、どう接したら良いのかわからないんです」
「なんだか、違う私をイメージされているようで心苦しくて、申し訳ないと言いますか…」

苦笑しながら言う彼女が、きっと本当の彼女なのだろう。顔と名前を知っているだけの存在だが、多分、彼女の本音を知っているのは自分だけ。そう思うと頷きながらも顔のにやけを押さえることに必死だ。

「俺にそんなこと言っちゃっていいの?俺だって君を勝手なイメージで見てるかもよ?」

ふと、そう言ってみた。彼女からしたらただの顔見知り程度の関係でしかないのだと思ったから。他の男のように彼女に好意を抱いている自分からすれば、彼女の本音を聞けて優越感に浸れる一方、心苦しくもあったのだ。他の誰でもない自分が、彼女の嫌うように見ていたのが申し訳なく、そして嫌だった。
彼女はきょとんとした後、はにかむように、でもどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「山崎さんには、本当の私を知って欲しいから」

今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。皆が知っている"良い子"ではない、普通の女の子に、今この瞬間、もう一度恋をした。







彼方此方さまに提出



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