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 境界線を飛び越えろ

世の中のご夫婦は、どのような経緯で結婚に至ったのでしょうか。最近の私の悩み事は専らそれでして、未だ解決の糸口すら見つかっておりません。


「はい、今日のお弁当」
「わーい!ぼく リオのお弁当すき!」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ!それより早く行かないと遅刻するよ?」

いつの頃からか習慣となったこの光景は心地よい幸せそのもので、しかし頭を悩ませるものでございました。
リオが二人分の弁当箱を持って毎朝ギアステーションに来るようになったのは数か月前、私とリオが恋仲になったのはさらに前のことです。リオはカントー地方から来た旅のトレーナーで、リオと出会ったのはもう3年も前の話になります。

「ねぇノボリ、いつになったらリオと結婚するの?」

クダリにこう聞かれるのはもう何十回目になるでしょう。私はいつものように曖昧に誤魔化すと、クダリもいい加減痺れを切らしたのか今日は簡単には引きませんでした。

「リオはぼくらと違って旅のトレーナー、だから、いついなくなるかわからない。ノボリ、それでいいの?」

いいわけがない。はっきりと言ってしまえばクダリも大人しく引き下がることは容易に想像がつきます。しかし、煮え切らない私の心情ではそんなこと言えるわけもなく、言葉を濁しました。普段の笑顔を一転、呆れたような不機嫌顔になるとクダリはそのまま何も言わずダブルトレインのホームへと歩いて行きました。


私とて、現状のままで良いとは思っておりません。リオのことを愛していますし、また尊敬もしています。手放すつもりもありません。一生添い遂げることができるのならば、それ以上に幸せなものはないでしょう。
では何が先に進むことを拒ませるのでしょうか。自問自答するものの、それらしい答えは見つかりません。気が付けば昼休みで、いつものようにクダリとリオのお弁当を挟んで座っていました。

「ノボリは何を気にしてるの?ぼくのこと?」
「クダリのことを気にしてないと言えば嘘になりますが、それはさほど大きな要因ではありません」
「じゃあ何を、」

食べ慣れた少し甘い出汁巻き卵を咀嚼しながら、クダリの問いに対する答えを探すべく考えをめぐらせました。
彼女と結婚したいと思うほど愛していない?いいえ、この先リオ以上の女性に会えないと確信すら覚えています。
金銭面?自分で言うのも何ですが、ギアステーションを統べる者としてそれなりの収入があります。

「…ぼくはノボリもリオも大好き。だから、二人が結婚して家族になったらすっごーく素敵だと思う」
「私も、そう思います」
「ノボリはリオに断られるのが怖いの?」

クダリの言葉がすっと体内に滑り込んで、探していた答えが見つかった気がしました。あぁ、拒まれることを恐れているのか。パズルで最後の1ピースを嵌めるように、綺麗に胸の内に収まった答えは、不思議なくらいしっくりときました。

「そうかもしれません。今の心地よい関係が崩れるかもしれないと思うと、このままで良いと思ってしまうのです」
「ノボリがそうでも、リオの気持ちは?リオは今のままじゃいやかもしれないよ」

二人でちゃんと話さなきゃ、と言うクダリは兄である私よりもずっと大人でした。自分で自分が情けなく、恥ずかしい。羞恥と自責の念に頭を抱えていると、目の端で箸がちらつくのが見えました。

「はい、今日の相談料もーらい!」
「あっ」

クダリ!と言うが早いか否か、私の弁当箱にあったはずの唐揚げはクダリの口へと吸いこまれていきました。美味しそうに咀嚼するクダリを恨めし気に見ると、クダリはお得意の悪戯を思いついた時のように、にやりと笑いました。

「リオと結婚したら、毎日3食美味しい手料理食べれるね!」







その夜、私は一人で自宅へ向かっていました。珍しくクダリが溜めた書類をやるから残ると言い出したためでございます。クダリが大層気分屋ですから、やる気になったときは変に声をかけてはいけません。後で夜食の差し入れを持って行こうかなどと考えながら歩いていると、普段2人で暮らしている家が見えてきました。
そこで私は不自然な光景に眉根を寄せました。もうとうに日も暮れて真っ暗な中に、なぜか窓からの明かりが零れていたのです。二人暮らし、つまり私とクダリしか生活していないのですから、今は誰もいないはず。まさか空き巣でしょうか。ボールからシャンデラを出し、玄関の扉に手をかけようとした瞬間、タイミングよく扉が開きました。


「あ、やっぱりノボリだ!おかえりなさい!」
「リオ!?なぜここに…」

驚いて思わず言葉を詰まらせる私を不思議そうに見ながら、リオは「クダリに聞いてないの?」と首を傾げました。


リオの話をまとめると、こうでした。
クダリにダブルトレインに来ないかと誘われ、いつものように挑戦しに行くと、今夜うちでご飯を作って待っていてほしいと合鍵を渡された。どうせ暇だから、と言われるまま夕食を作りに来たそうでした。
私はクダリの勝手な我儘に怒り、リオの素直さに呆れ、何から言っていいのやらわかりませんでした。

「えっと、なんか、ダメだったかな?勝手にごめんね?」

何も言わないのを怒っているととったのか、リオは申し訳なさそうに俯き、謝りだしてしまいました。慌ててフォローすると、まだ少し不安そうにしているリオを抱きしめました。ふわりと香るリオの匂いが、ひどく心を落ち着かせてくれます。

「クダリが無理を言ったようで、申し訳ありません」
「ううん、夜もノボリに会えてうれしい」

抱きしめられたままの姿で、私の顔をにっこりと見上げるリオに一日の疲れも吹き飛ぶようでした。あぁ、この方と一生添い遂げたい。そのとき初めて、強くそう思いました。

「なんかね、ノボリの帰り待ちながらご飯作ってたら、新婚さんみたいでワクワクしちゃった」

私の気持ちを読み取ったかのようにそう言うリオは、ひどく幸せそうな顔をして笑っていました。
あぁ、リオも同じ気持ちなのだろうか。胸の内から広がる暖かなものが、全身を駆け巡り、リオを抱く腕に力がこもりました。

「……リオ、これから毎日、私にご飯を作ってくださいませんか」

頭が認識するよりも先に口から出た言葉は、まるで他人事のように耳から入ってきました。何を言っているのかと後悔するよりも、珍しく本音がこぼれたようで、心地よささえ感じられます。
言われたリオは不意を突かれたように目を見開き、言葉の意味を理解してさらに驚いたようでした。しかし次の瞬間、ふっと表情を崩すと今まで見た中でも一番綺麗な笑顔で、言いました。

「喜んで!」


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ロマンチックなプロポーズもいいけど、何気ない日常の中で愛しさを感じたときに衝動的に結婚してくれもキュンてする。っていう話でした。

(120924)

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