2014~ | ナノ


 今日からはじめる

「あーもう!」

持っていたペンを机に叩きつけると、リオは目の前で崩れる紙の束に目もくれず、壁にかかっていた上着を羽織り、外出用のカバンを肩にかけ、玄関へ向かった。その間僅か30秒足らずの出来事だった。
外へ出ると真っ先にカイリューをボールから出し、その広い背に飛び乗る。突然の行動にも、しかしカイリューは驚く様子もなく、リオが乗ったことを確認すると、静かに空へと浮上した。



「リオ!!」

目の前の人物から発せられる嬉しそうな声は、しかしリオの神経を逆撫でした。無言で腰につけたボールを外し、構える。

「こんにちは、クダリさん。さぁはじめましょう」

棒読みながら挨拶は欠かさないリオに、変な所で律儀だと、クダリは苦笑いを零した。リオに倣いボールを構えると、車内に緊張した空気が漂った。
リオの放ったボールから出たハピナスとシャンデラに、クダリの苦笑いは深い笑みに代わる。今日は一段と7両目に着くのが早いと思ったら、随分なやる気じゃないか。自然と高鳴る鼓動は、しばらく止められそうにない。



「くやしい!」

叫ぶクダリに、リオは先程とはうって変わって穏やかな表情だった。

「あぁすっきりした!クダリさん、いいバトルをありがとうございます」

来た時とは真逆の清々しい笑みを浮かべ、リオは寄り添うハピナスとシャンデラにポフィンを与えている。
クダリは手持ちを回復させている間、トレーナーとパートナーの微笑ましい交流を眺めていた。

普段は温厚なリオが、こうして荒々しく挑戦しに来る時は、大抵論文や小説の締切が近い時である。部屋に籠って煮詰まると、息抜きとストレス発散にギアステーションを訪れるのだ。本人は無意識なのかもしれないが、シングルかダブル、手持ちの構成によってその時の煮詰まり具合がわかる。今日のようにダブルトレインに、ハピナスやシャンデラを連れてくるのは、相当ストレスが溜まっていたらしい。

「もうね、外に出てる暇があるなら1文字でも多く書かなきゃいけないのはわかってるんですけど、こうも何日も部屋に籠ってると余計にいい文章が浮かんでこないんです」

シャンデラたちにポフィンを与え終わったリオは、クダリの隣に腰を下ろしながら溜息をついた。
予想通りのリオの言葉に、クダリはやっぱり、と頷いた。

「それでここに来たんだね」
「頭ばっかり使ってないで、たまには思いっきりバトルでもしないとストレスが溜まっちゃって」

私もだけど、この子達も。そう付け加えながらパートナーの入ったボールを見つめるリオの目は、慈しみに溢れていた。思わず高鳴る胸に、クダリは小さく息を飲んだ。
リオの何気ない仕草に一喜一憂するのも、ストレスの捌け口にされているのに嬉しい理由も、自覚しているのだ。自覚はあるが、しかしその先の行動に移せないのは、今の関係が壊れることを危惧してのことだった。

「リオは、他にストレスの発散方法ないの?」
「え?うーん…あとは好きなもの食べたり、ポケモンたちと遊んだり…ですかね」

考えたことなかったなぁ、と呟くリオをデートに誘えたらどれだけ幸せだろう。大抵のことは人並み以上にこなしてきたが、リオのこととなると、どうにも調子が狂う。何を言ったら喜ぶのだろう、笑ってくれるのだろう。答えの出ない問いに、たった一言すら発せない。
結局いつものように当たり障りのないことを話して、ホームで別れた。人混みに飲まれていくリオを見つめ、姿が見えなくなると無意識のうちに深いため息がこぼれる。

雑務をしに執務室へ戻ると、相方であるノボリはつい先ほどシングルトレインに挑戦者が入ったようで留守だった。
静かな執務室は、つい別のことを考えてペンを持つ手が止まるから苦手だ。そんなことを考えながら、急ぎの書類とそうでない書類を仕分ける。
粗方仕分けし終わると、山積みになった書類の山で隠れていた本の背表紙が姿を見せた。ノボリと違ってあまり読書をしないクダリの、数少ない活字本。タイトルの下にある著者名は、研究者であり小説家でありトレーナーでもあり、そして想い人であるリオのものだった。
書類を分ける手を止め、思わず本に手が伸びる。何度も読み返したその本は、ページをめくるまでもなく自然と内容が蘇る。
様々な日常を切り取ったような短編集は、話題になり、ドラマや映画化されるような華やかさやドラマチックな展開とは程遠いものだった。大抵の書店に並べられて、一定のファンがいるが、決して平積みされることなく書棚の隅に静かに並べられている。
クダリは、そんなリオの本が大好きだった。難しい言葉もまどろっこしい言い回しもない、けれど、文章から滲み出るリオらしい普段の何気ない日常を愛おしむ、温かさがたまらなく好きだった。

気付いた時には、壁にかかっていたコートを羽織り、まだ人通りの多いライモンの街へ飛び出していた。
外へ出ると真っ先にアーケオスをボールから出し、その背に飛び乗る。突然の行動にも、しかしアーケオスは驚く様子もなく、クダリが乗ったことを確認すると、静かに空へと浮上した。



「クダリさん!?どうしてこんなとこまで?」

驚いて目を丸くするリオを抱きしめながら、クダリは自責の念に苛まれていた。考えなしに飛び出して、いざ本人を目の前にすると何も言えない。不甲斐なさと申し訳なさで頭がぐるぐるする。しかし同時に、胸の内にある温もりが、クダリをひどく安心させていた。

「あー…やっぱぼくには無理!考え事なんてノボリだけしてたらいい」
「り、理不尽…!ノボリさん可哀想じゃないですか」
「ノボリじゃなくてぼくだけ見てよ」

背に回す手の力を強めると、リオの身体が強張るのを感じた。ついでに、どくどく脈打つ心臓の音も。

「リオが好き。すっごーく、好き。誰にも渡したくない。
ぼく、リオの書くお話も好き。リオの優しさがいっぱい詰まってて、幸せ!」

拙い言葉でも、少しだけでも伝わればいい。ずっと胸に秘めてた想いを打ち明けると、答えを聞く不安よりも、清々しい気持ちが優っていた。これ以上自分の中だけに留めておくには限界だった。
せめて今だけでも、と細い体を抱きしめ、リオを堪能する。
しばらくされるがままになっていたリオは、不意に腕をクダリの背中に回し、顔を胸に押し付けながら口を開いた。

「わ、私も好き、です」

小さく、震える声でそれだけ言うと、リオは下を向いて黙ってしまった。
たった一言、それだけでクダリの心は満たされた。これ以上ない幸せが突然訪れて、夢でも見ているようだった。

「夢みたい」
「うん、夢みたい」
「私、こんな漫画みたいな展開初めてです」
「ネタできた?」
「今後の参考にさせていただきます」

やっと顔を上げて照れたように笑うリオが愛しい。気恥ずかしさの中にゆるゆると漂う幸せに、顔が緩んだ。

「リオ、これからはストレス発散以外にもぼくのとこ来て」
「ストレス発散て……否定はしないですけど、あれでもクダリさんに会いたくて会いに行ってたんですからね」

拗ねたようにそっぽを向くリオに笑いながら、自分よりも大分低い位置にある頭を撫でる。

「ぼく、リオの書くお話みたいな毎日に憧れる。だからピクニックとか行こう」

リオの本の内容を言えば、驚いたような顔でクダリを見上げる。クダリが「いや?」と首を傾げると、慌てて首を横に振り、「行きましょう!」と気恥ずかしそうに、それでも嬉しさを滲ませた声で答えた。


(140601)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -