2014~ | ナノ


 静けさの中恋に落ちる

雲ひとつなく晴れ渡った日は、風の音もなく、本当に無音の世界だった。目の前に広がる景色は白と青だけで構成されていて、それ以外何もなかった。新雪にはしゃぎ足跡を付ける子供も、せっせと雪をかく大人たちも、誰1人いない。目を凝らすまでもなく、世界には白と青。音もない、それだけだった。


何もない世界に不釣り合いな存在である私は、白い雪の上に仰向けに寝そべっていた。青と白で構成された幻想的な世界は、私1人によって現実味を帯びたものになっている。それが小気味良かった。

「このまま寝てたら、死ねるのかなぁ」

呟くような言葉は、白と青のコントラストの中に溶けて消える。応える声も、反響する壁もない。ぼんやりと空を見つめて、それから目を閉じる。背中に感じる雪の冷たさも、徐々に慣れて感じなくなってきた。風のない今、むしろ暖かいとさえ思う。
なんとなく、掴むものもない空に手をかざした。たまたま上空を通った鳥ポケモンの羽でも掴めないか、なんて奇跡に近いことでも起こらないかと思ったのだ。そんな馬鹿げた、しかしわりと本気で考えのもと、かざした手をゆっくり握りしめた。

「……ん?」

何の感触もないと思いながら握った手の中に、小さな熱を感じた。鳥ポケモンの羽ではない、人の熱。ゆっくり目を開くと、先程まで見ていた景色とはまるで違う。雪が反射する日の光に数回瞬きし、今度こそしっかりと視界を定めた。

「あ」
「久しぶり」

私の顔を覗き込みながら、レッドは短く言った。私の伸ばした手を、しっかりと握っている。予想外の出来事に思考停止した私に、レッドの肩から顔を覗かせた彼の相棒であるピカチュウは嬉しそうに鳴き声をあげる。その声でようやく気を取り戻した私は、ようやく「久しぶり」と声を発した。

「……寒くないの?」
「うん、それレッドにだけは言われたくないかな」

寝転ぶ私を引き上げるように立たせると、レッドは眉根を寄せて尋ねた。半袖の奴が何を言うか。ピカチュウがせっせと私の背面についた雪を払ってくれているのにお礼を言って抱き抱えると、嬉しそうにすり寄ってくる。
相変わらず仲良しの私たちを見て、レッドは小さく笑って私の手を引いた。

「冷たくなってる」
「確かに感覚ないかもー」

レッドに握られてない方の手を首元に当てると、氷水を当てられたように冷たかった。ぶるりと小さく身震いすると、首に添えた手も、レッドの手中に収まった。半袖のくせに妙に温かい。じわじわと熱が戻る感覚が慣れなくて、ぴりぴりと痛い。

「こっち、」

短くそれだけ言うと、レッドは私の手を引いて歩き出した。
ぎゅっぎゅっと、一歩踏み出すたびに足元で雪が鳴る。足跡ひとつない真っ新な空間を切り開くように、レッドは歩を進めた。ピカチュウは私といる時の定位置である、頭の上に落ち着いている。

不意に、幼い頃の思い出が頭を過った。滅多に雪の積もらないマサラが、一面雪に覆われた冬。あの日も、私はレッドに手を引かれ、グリーンの待つ公園に遊びに行ったのだった。
あの頃から幾年も経ち、然程差のなかった身長もとうに追い抜かれた。無邪気に遊んでいたあの頃より、私もレッドも大人になったのだ。生ける伝説と呼ばれるレッドは、遠い存在になってしまった。時々感じる寂しさは、しかし私の手を引くレッドの手の変わらない優しさによって幾分和らぐのだ。
ふふ、と小さく笑った私を、レッドは不思議そうに振り返る。なんでもないよと笑えば、小首を傾げながらも再び歩き始めた。



「あんなところで何をしていたの」

ぱちぱちと火の爆ぜる音が響く洞窟内で、私はレッドと毛布に包まっている。インスタントスープを飲みながら、レッドは咎めるように言った。

「……雪と同化してた」
「楽しかった?」
「微妙」
「だろうね」

ふざけた答えも、レッドは律儀に答えてくれる。本人に自覚はないだろうが、そんな言動の一つ一つが、私をひどく安心させる。
緩む口元をカップで隠すと、ぽんぽんと頭にも心地良い圧力がかかった。レッドの手だ。

「会いに来てくれたわけじゃないんだ?」

レッドは私を覗き込みながら、面白そうな、でも、どこか寂しさを孕んだ声音で尋ねる。無表情な彼の、時々見せる年相応な表情に、私は笑みを深くした。

「私ね、安心したかったんだ」

ポケモンや友達と過ごす毎日はもちろん楽しい。でも、年を重ねるごとに変わっていくものもあって、今の幸せがいつか壊れるのではないか、不安で仕方がなくなる時がある。
ぽつぽつ話す私を、レッドは何も言わずに撫でる。手に持つマグカップを握りしめ、覗き込むレッドを見つめ返した。

「レッドはいつでも変わらない安心を、私にくれるんだ。多分、この先もずっと」

にへら、と締まりのない顔をすれば、レッドは一瞬面を食らったような顔をし、その後すぐ、小さく微笑んだ。

「あ、今の顔いい。今惚れた」
「前からじゃないの」
「自分で言うか。それはそうと、レッドいい加減下山してよ」
「案外居心地良いんだよ、ここ」

下山の催促もあっさりと断られ、自分としては告白のつもりで言った言葉は無駄だったか、と肩を落とした。レッドに察しろという方が無理だったか。
眉を寄せ口を尖らせ拗ねるのを見て、レッドはさらに笑う。

「でも、リオの隣の方が居心地良い」

背中に回る腕と、顔のすぐ真横にある横顔に、体温が上がる。
なんだ、ちゃんと伝わっていたのか。しかめっ面を解いてゆるりと笑い、そっと抱きしめ返した。



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