2014~ | ナノ


 待人来たる

ワタル長編『With Flags〜』の続編ですが、読んで無くても多分平気です





風邪を引いた。気がする。
唾を飲み込めばイガイガする喉の痛み。全身の倦怠感。鼻の奥がツンと痛み、思わず顔を顰めた。
目覚めたものの、起き上がるのも億劫で、寝転んだままサイドテーブルに置いたままのポケギアを開く。朝7時、新着メールは3件。どこで登録したか忘れたメルマガに紛れて、1件だけ短いメッセージが届いていた。

『今晩は冷えるから、風邪を引くなよ』

昨夜寝た後に届いたらしいそれは、まるで未来予知のようで、思わず笑みが洩れた。
風邪を引いたせいなのか、人恋しい。ちょっと心配させたら、飛んで来てくれないかな、なんて普段なら考えないことが浮かぶくらいなんだから、大々的に風邪を引いたのかもしれない。
返信ボタンを押し、『引いちゃった』とだけ返す。送信してから少しの罪悪感と、次に目が覚めたら、隣にいないかな、なんて淡い期待を抱きながら、ポケギアをサイドテーブルに戻し目を閉じた。





ひんやりとした感触を感じて、目を開けた。目の前に何かがかざされて暗い、と思ったらすぐにそれは離れていき、見慣れた部屋の白い天井が見えた。

「悪い、起こしたか?」

横から申し訳なさそうな声が聞こえ、顔だけ横に向ける。寝起きでぼんやりする視界に、これまた見慣れた赤い髪。

「オハヨウゴザイマス」
「大丈夫か?色々と」

額に貼られた冷却シートを触り、夢じゃないかと頬を抓る。痛い。夢じゃなかった。カタコトで挨拶の言葉を発する私を、ワタルは心配そうに見つめている。風邪で寝込んでいるのに、にやけているものだから、頭も可笑しくなったと思われたのかもしれない。

「今、何時?」
「え?ああ、まだ昼前だよ」

どうやらメールを送信してから数時間しか経っていないらしい。起きたときの癖で、サイドテーブルのポケギアを手に取る。デジタル表記で『11:16』と浮かぶ画面には、いつの間にやら着信履歴と新着メッセージが並んでいる。全部同じ発信者で、まさに今私の目の前にいる人物からのもので、緩む頬を引き締めるのはかなり難しくなった。顔を見られないように、枕に顔を埋める。

「ワタル、今日仕事は?」
「急ぎの用もないし、昨日粗方片付けたから暫くゆっくりするつもりだ」
「リーグは?」
「残念ながら、ここのところ挑戦者がいない」

本当に残念そうに肩を竦めるものだから、思わず声を出して笑ってしまった。

「俺のことより、身体は大丈夫なのか?」
「風邪かなぁ」
「見たらわかるレベルにはな。全く、こんなに酷くなるまでに気が付かなかったのか?」
「んー喉痛いなぁとは思ったけど、乾燥かなーって。
それよりワタルすごいね、予知夢でも見た?昨日、風邪引くなってメールくれてたでしょ」
「…いや、最近よくリビングで寝てるだろ」

フラフラしている私と違って、ワタルは真面目に、トレーナーなら誰もが憧れるリーグのチャンピオンとして、しっかりとセキエイリーグを守っている。挑戦者は多くはないものの、事務仕事や時には各地方に赴いて大会や会議に参加しているのだ。
ここ数週間はその会議や事務作業が立て込んでいたらしく、家に帰るのは早くて午前様、リーグに泊まり込む日も珍しくなかった。
普段あまり連絡を取らないので、今日は帰ってくるかもしれない、と、帰りを待ってリビングでそのまま寝落ちてしまうことが多かった。そうか、だから風邪を引いたのか。
なるほど、と1人納得し頷いていると、神妙な顔をしたワタルがベッドに手をかけ、半身だけ起こした状態の私に腕を回した。

「風邪うつるよ」
「リオが治るなら構わないさ。
……そんなことより、ごめん、な」
「え、何が?」
「帰り、待っててくれたんだろ?」

ぎゅう、と腕に力が込められる。そう言えば、こうして触れ合うのも随分久振りだ。そろりとワタルの背に腕を回し、抱きしめ返す。

「ずっと待たせてたんだから、今度は私もちゃんと待ってるよ」

珍しく素直に吐き出した想いに、顔は見えないが、ワタルが笑ったのがわかった。
寝る前に抱いた淡い期待は、呆気なく叶ってしまった。深い安心感と、噎せ返るような幸福。いつぶりかわからない風邪は、悪いものじゃないかもしれない。




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