セキエイ | ナノ

幸せを願えるシアワセ


「…あれ?」

4つ目の部屋に足を踏み入れたとき、違和感を感じた。その前の部屋…つまりイツキ、キョウ、シバは挑戦者来訪の報告をもらって各々の部屋で待ち構えていたのに、何故か4つ目の部屋には誰もいなかった。
普通、四天王やチャンピオンは挑戦者が来た際にはすぐバトルできるように入り口の警備員から連絡が行くことになっている。伝達ミス、と言うのは何度となく挑戦しに来ているリオにとっても初めてのことだった。

「…うーん、カリンのことだから何かあると思うんだけど、っと」

バトルをするためのだだっ広い部屋の壁づたいを歩き、滅多に通らない、と言うか普通四天王本人しか通らない通路への扉を探す。壁と同じ色に塗られ、部屋の飾りで隠れるようにあったドアノブを捻ると、案の定あっさりと扉は開いた。

「あーいたいた!カリン久しぶりー」
「久しぶり、じゃないわロクに連絡も寄越さないで」

語調を強くするカリンにごめんごめん、とリオは呑気に謝る。カリンはあくまでもいつもの調子なリオに呆れるようにため息をつくと、しかしすぐに「おかえり」と微笑んだ。

「ただいま、カリン。一年ぶりなんだってねぇ」

そんなに経ってたなんて気付かなかった、と笑うリオに、相変わらずマイペースだと呆れる反面、変わらないリオの姿に安心する。我が物顔でカリンの向かいのソファーに座るリオは、まるで昨日も会っていたかのように離れている間の時を感じさせない。それがひどく心地よくて、カリンはその纏う空気が好きだった。だから、連絡もなく旅をしても、こうしてフラフラ帰ってきて自室を我が物顔で寛いでも、ついつい甘やかしてしまう。他の四天王も似たようなものなのだから、ある種の才能なのだろう。

「遊びに来る、じゃなくて連絡もなしに挑戦者として来る辺り相変わらずみたいね」
「どうせ手合わせしてもらうし、そっちの方が手っ取り早いかなーって」
「チャンピオンが拗ねるわよ」
「ワタルは私がこういう性格って知ってるから」

知っていても拗ねる時は拗ねるのがあのチャンピオンだ。リオはそれを知っているのか、はたまた彼女の前ではそんな姿を見せないのか。

「いい加減腰を据えないと、そろそろ可哀想よ」

誰が、とは言わずも伝わっている。余計なお節介とわかっていても、近くで見ている身としてはもどかしくて仕方がなかった。
そんなカリンの心配とは裏腹にリオは明るく笑う。

「うん、私も今回はけじめをつけに来たの」
「けじめを?」
「そう、私にとってもワタルにとっても、そろそろはっきりさせなきゃいけないと思って」

リオの言う"けじめ"とはどちらを意味するのか。良い方にもとれるし、悪い方にもとれる。表情からは、読み取れない。

「…まぁ、あなたたち二人のことだから私からは口出しできないわ」
「ふふ、カリンのそう言うとこ好き」

素直に気持ちを表現できるリオは、魅力的だ。彼女が幸せになってくれたら、それでいい。カリンは笑い返すと、ふと話題を変えた。

「そうそう、さっきあなたに会いたいって子達が来たわよ」
「私に?なんで?」
「たまたまあなたの話になって、全国を旅して回ってるって言ったら会いたいって」
「あらあら、そんな大したことないのに、何だかプレッシャーね」

多くの人を魅了して止まないのに、等の本人はそれを自覚してないのだから困る。時には面白くもあるのだが。苦笑するカリンを不思議そうに見ながら、リオは腰をあげた。

「行くの?」
「うん、そろそろ」
「…けじめ、つけてきなさい」
「あはは、ありがと。頑張るわ」

これからチャンピオンに挑みに行くとは思えない明るい調子で、リオは笑う。イツキやキョウ、シバに渡した袋より大きめの包みをカリンに渡すと、また後でねー、と軽い調子で手をヒラヒラさせながらリオは奥の部屋へ続く扉へ吸い込まれていった。