Le ciel | ナノ



inカンナギタウン  


「せっかくカンナギに来たんだ、遺跡の中を見て行かんかね?」
「いいんですか!?」
「もちろんさ。さっき宇宙人を倒してくれたし、カンナギに来てコレを見ないと損だよ」

元より覗きに行く気満々だったけれど、こうして正式に許可をもらえたのなら、遠慮することはない。踵を返して遺跡へと足を踏み入れた。
薄暗い遺跡は、思っていたよりも広くはなかった。けれど遺跡特有の不思議な雰囲気に包まれていて、逸る気持ちを余所にゆっくりと奥へ進む。

「これ…」

不思議な模様が描かれた壁。三角形をつくるように並んだ何かと、その中心で光るもの。何かに吸い込まれるように、じっと食い入るように見つめる。リオは無意識に指で模様をなぞり、手の平を壁に当てた。
ひんやりした壁と、不思議な壁画。今ではないいつか、ここではないどこかに吸い込まれそうな、神聖でどこか不気味な空気―――

「その壁画…」
「!」

突然後ろから聞こえた言葉に大げさなまでに体を撥ねさせ、手を壁から引っ込める。勢いよく振り向くと、すぐ横まで長老が来ていた。誰かが入ってくる気配を感じないほど壁画に見入っていたのだとようやく気が付いたリオは苦笑した。
長老はフッと笑うと、壁をじっと見つめ、口を開いた。

「…そこには神がいた。それらは強大な力を持っていた
 その力と対になるように3匹のポケモンがいた
 そうすることで鼎の如く均衡を保っていた――…
カンナギに伝わるシンオウ地方の昔話さ」
「…すごい」

カントーやジョウトにも遺跡はあるが、神話らしい神話はなかった。シンオウへ来る際の楽しみの一つであったシンオウ神話は、まだまだわからないことだらけだ。しかし、感じたことのない、どこか懐かしいとさえ思う。
言葉にできず感嘆を漏らしながら壁画を見ていると、遺跡内の空気が変わったのを感じた。

「その話、詳しく聴かせてもらいたい」
「誰だい…?」

何度か見かけた、青い髪の男。生気を感じさせない目に、抑揚のない話し方。そしてなにより、散々道すがら妨害してくる悪趣味な集団と同じ服を着ているのが、容易に今後の展開を予想させた。思わず睨みつけるように見上げるも、意にも介さない様子で長老を見下ろしている。

「私の名前はアカギ。くだらない争いをなくし、理想の世界をつくるための力を探している。そこで聞きたい。今この世界は3匹のポケモンによってバランスが保たれているため変わらないということだな」
「どうだかねぇ…世界のバランスは保たれておる。そしてあたしはこの世界に満足しているからねえ。あんたの質問に興味ないよ」
「…とぼけるつもりか。くだらない態度だな。今の世界が不完全なのにおかしいと思わないとは…私は世界を変える。その手始めにお前たちが長年守ってきたこの壁画を壊す。ここには新しい世界の新しい神話を残せばいい。
私は間違っているか?違うと思うならかかってこい」

すごい言い分。呆れ半分、感心半分の溜め息をついた。あぁ、本当、いつから自分は巻き込まれ体質になったんだろう。心底面倒くさい。正直、自分が首を突っ込まなくてもジュンくんやコウキくん、ヒカリちゃんがどうにかするんじゃないかとは思う。
でも、

「中途半端は嫌いなんですよね」
「何?」
「いーえ、こっちの話です。あぁ、それと私はあなたの意見、間違ってるとは思いませんよ」
「なんだって!?」
「ほう」
「でも、正しいとも思いません。
そもそも新しい世界を創るだとか考えてる時点で中二病乙と思いますし、自分勝手な言い分で人様が大事に守り続けてきたものを奪うとか何様?
争いのない世の中を創るとか言いながら、争いを起こしてるのはどこの誰ですか?矛盾してるわ。
違うと思うならかかってこい?上等だわ。争いでしか解決できないなら、より強い力でねじ伏せるまでよ」

一息にまくし立てると同時に、ボールを手に取り構える。長老は呆気にとられ、アカギは何とも云い難い表情をしていた。

「…テンガン山で出会ったトレーナーか。何故この不完全な世界を守ろうとする」
「どの辺が貴方の言う”不完全な世界”なのかわかりませんし、完全って言葉が嫌いだからです」

完全なものなんて何もない。不完全だからいろんなことを感じて成長できる。完全すぎるものは憧れても、なりたいとは思わない。生き物ではない何かに、感情を持たない冷たいものになりそうだから。
自分の信じ道を生きて、壁にぶつかって、そのたびに乗り越えて行く。くじけそうになった時助けてくれる身近な存在、暖かい心。それらに支えられて生きてきたのだ。
今自分がやってることも、きっと人から見ればただのエゴ。それでも、自分が今まで歩んできた道を、わけのわからない理由で消されるのは許せない。
結局のところ、正しいものなんて何もないのだ。ただ、自分が選んだ道を進むだけ。道を塞ぐものがあればどかすまで。

「完全なものばっかりだと、人生つまんないですよ」
「…それが間違いであることをギンガ団のボスであるこの私が教えてやろう」

本当にどこに行っても厄介な連中はいるのだと、肩を落とす反面、案外自分は正義感の塊なのかもしれない。ぼんやりと数年前の出来事を思い出しながら、自分以上に憤っている様子のエンペルトに指示を下した。


(140513)