「轢殺は高校の時の経験からして不可能。溺殺は誘き寄せる程の理由が見つからない。圧殺も方法が無い。残るは…――」

臨也は机の中から紙を取り出すと緩慢な動作でペンを手に取った。
そして暗い暗い部屋の中で彼は一人、紙にペンを走らせる。
静雄も寝静まった、午前一時の出来事である。






「臨也」

翌朝、静雄が目を覚ますとそこに臨也の姿はなかった。
いつもならば居間のテーブルに朝食を並べ、待っている彼の姿がそこにはなかった。

「臨也」

もう一度名前を呼ぶ。家中を探してみる。しかしどこにも姿はない。
その代わりに最後に覗いた台所で一枚の紙を見つけた。ただ、三つ折りにされただけの真っ白な紙。

「……手紙?」

僅かに透ける文字からそれが手紙だと察した静雄は宛名も差出人も書かれていないそれを手に取り、ゆっくりと開いた。
目が文字を追う毎に眉は顰められ、手はれわなわなと震えた。

「っの野郎…!」

最後。彼はグシャリとそれを握り潰せば血相を変えて家を飛び出した。正真正銘の焦燥感を携えて。


――シズちゃんへ。
君がこれを読んでいる頃には俺はもうこの世にいないだろうね、だなんて。冗談だよ。でも、君の前から姿は消してるだろうし、近いうちにこの世から消えようと思う。こんな仕事をしてる俺だから、いなくなる前にしなきゃいけない事は沢山あるからさ。嬉しいだろ?俺が死ぬんだ。君が君自身の手を汚さずしてね。
時間が無いから本題。1ヶ月間、君と暮らしてみて色々と気付いたんだ。俺は君が好き。最初は大嫌いで、大嫌いで、殺したかったけど。気付いたんだ。俺は君の事が好き。だからこんな辛い片想いをしたくなくて、君を殺そうとしたんだ。まあ、それが無理だという事は薄々気づいてたんだけど。
俺は、苦しかったんだ。君は俺の事が嫌いだから。だから、早く家から追い出してくれればよかったのに。そうすれば吹っ切れるのに。いつまでもそうしなかったから余計な期待までするようになっちゃってさ。仮に、もしも万が一君が俺を好いていてくれても、ダメなんだ。俺じゃなく、他の誰かと君は幸せにならなくちゃいけない。なんて、本当は現実をつきつけられるのが嫌だっただけだけどさ。
本当は俺はまだ死にたくはない。だけど、どんどん周りに人が集まって、いつか誰かと幸せになる君を見る事のほうが辛かった。俺は好きな人が誰かと結ばれるのを見守るなんて事はしたくない。だから、死ぬという方向に逃げたんだ。

大好き。愛してる。愛してたんだ。ごめんね。
だから、ばいばい。シズちゃんん――


台所に放られた手紙の端は僅かに滲んでいる。




***




静雄が家を飛び出したほんの数分後。
今はもう使われていない廃ビルの中。カッ、カッ、と靴の音を立ててコンクリートで出来た階段を上る青年の姿がある。

「あと少し」

一丁の拳銃を懐に忍ばせたまま、彼は呟いた。
カッ。靴とコンクリートがぶつかる音を響かせて彼はまた階段を上る。




***




「はっ…はっ…」

人の波を掻きわけて静雄は走る。
足は自然とあのビルに向いていた。事の始まる切欠を作ったあのビルへと。
同時に静雄の中で薄れかけていた違和感が徐々に濃くなっていく。
あの違和感はこの事だった。臨也が死ぬ事こそが、違和感の正体だった。

「くそっ…、あの野郎、何でも勝手に決めやがって…っ」

視界の奥に映る廃ビルをとらえ、静雄は強く地を蹴った。




***




臨也が家を出て数時間。真っ暗だった空には既に陽が昇り、大通りを見つめれば既に人が群れをなしている。
しかし彼の立つ場所は酷くガランとして、殺風景だった。

「ここ、何人か飛び降りてるんだっけ」

もう何年も使われていない、廃ビルの屋上。
足場を形作るコンクリートはひび割れ、床にはガラス破片や紙くずが点々と広がる。
以前と全く同じ場所に折原臨也は立っていた。

「名所とまでは言わないけどさあ。ここからなら確実に死ねるんだってね」

誰に話しかけるでもなく、頬や髪を撫でて行く風を受けながら彼は言葉を並べ立てる。

「例え俺がどんなに清廉潔白に生きようと、悪逆非道に生きようと、結局最後はただのシミだ。飛び降りたら最後。折原臨也という存在はただのシミとなり果てる。善人であろうが悪人であろうがそれは平等だ」

まるで自分という存在を欠片もこの世に残さないとでも言うように。
そうして一歩、深淵の淵へと足を踏み出した。ザリ、と音がして右足の半分が空を踏む。
ふ、と下を覗いてみてもそこにはなにもない。あるとすれば真っ暗な、底なしのような闇。
彼はそれに怖気もせず、懐に隠し持っていた拳銃を取り出した。

「本当なら、これで君の頭を撃ち抜くのも有りだと思ったけど、それはできなかった」

だからもう、これは必要ないね。
言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに、ガシャン、と音がする。
音の正体は臨也が後ろに放り投げた一丁の拳銃。

「ごめんね、シズちゃん。ありがとう」



――臨也!



遠くでシズちゃんが俺の名前を呼んだ気がした。
でも多分、それは気の所為で。
やだなあ。こんな幻聴が聞こえるまでに恋焦がれていたなんて。

そこで俺の思考は完全に停止した。




***




「臨也!」

静雄が廃ビルの屋上の扉を蹴破るような勢いで開ける。
視界の端で白い何かが揺れたと認識するのに1秒。それが臨也のコートのファーであったのに気付くのに2秒。臨也が飛び降りたと気付くのに5秒。

「臨也!」

ダッ、とビルの縁に駆けより真っ暗な闇へと声を発するが、返ってくるのは反響するだけの虚しい声。
まるで自分のペットが死んでしまった事を認めたくないとでもいうような子供のように、臨也、臨也、と何度も何度も声を投げかけるが返ってくるのはやはりそれだけ。

「いざや…」

やがて、彼の脳細胞全てが折原臨也の死を認知した。
途端、ポロポロと涙が頬を伝いだす。次から次へととめどなく溢れる涙に彼は、ああ、俺も人間なんだな、等と的外れな考えが頭を過った。

どうして新羅に事実を聞いた時に自分の想いを伝えなかったのか。どうして1ヶ月も猶予を貰っておいて想いを告げなかったのか。どうして感じていた違和感を消し去ってしまったのか。どうして今の生活に甘んじてしまっていたのか。どうしてもっと早く此処に辿りつけなかったのか。どうして――
想いを告げたところではぐらかされたかもしれない。付き合う事はできなかったかもしれない。それでも、この運命は変えられた筈だ。
絶望と後悔とのジレンマに阻まれ、ずるずると後ろに後退する。
自分の過ちが臨也を殺した。という理不尽で的外れな考えから逃れたかったのかもしれない。少しでも離れたかったのかもしれない。

カツン

僅かな音がして手の先に何かがあたる。
ただそれだけの事にもビクリと肩を跳ねさせた彼は、我に還るのと同時にゆっくりとその手の先を見た。
拳銃。一丁の黒い拳銃がそこに落ちていた。何の気なしにそれを手にとってみるとズシリとした重みとともに無機物にはない温もりを感じる。
何故こんなものがこんな場所にあるのか。その問いについて彼が出した結論は至極簡単なものだった。

「臨也が…持ってた?」

自分の中に浮かんだ答えを呟くが、それが正解か否か。彼には関係なかった。今の彼にとって重要なのは、それに弾が籠められているか否か。
まるでそうするのが自然で当然だと言わんばかりに、トリガーを引く。カチ、と音がして弾が装填されているのを確認した。

「手前は本当は俺を殺せた筈だ。幾ら化物の体でも、流石に銃は貫通する事くらい手前なら知ってンだろ」

緩慢な動作で銃口を自分の頭へとつきつける。

「手前は自己犠牲と引き換えに俺に幸せになってほしい、と建前でも言った。そう何もかも手前の思い通りになってたまるかよ」

そして人差し指を引き金に掛け、ゆっくりと引いた。


一人で早とちりしてンじゃねえよ、バカ野郎が。


涙交じりのその声は、鳴り響く銃声にかき消された。









殺害方法7――自殺









折原臨也と平和島静雄が死んだ。
この事実はすぐに一つの噂として池袋の街で人伝いに実しやかに広がった。
静雄の死体の隣に落ちていた拳銃が違法の物であった事。臨也が死ぬ前に取った行動。その2つが重なりあい公には報道されなかったが、裏社会の人間達は噂が事実である事を知っていた。恐らく、後者によるもののお陰だろう。しかしそれを知らない表社会の人間は吐いて捨てるほどいる。
二人に恨みのある者は、喜びを。臨也に騙された事のある者は疑心を。彼らの友人である者は悲しみを。
それが事実か否かも分からぬまま、己の感情に浸った。
そんな中、彼らの友人でもあったとある裏社会の人間は言う。

「君達は恨みを買いすぎた。だからちゃんとした墓が作れなくてごめんね。でもその代わりに、あの世では君達二人が巧くいくよう、この場所から祈っているよ」

池袋の街から離れた山の中。そこにひっそりと存在する湖畔に存在する小さな小さな墓の前で。











―――――

最終回。一応完結。
臨也が死んだらシズちゃんはきっと後を追うと思う。
尻切れトンボな拙文でしたが、いつか書きなおしたい。


20110817
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