*デリ日々






小高い丘に建つ、一城の城。
夕暮れ時の暖かな赤が白い壁に鮮やかなコントラストを作りだす。
何とも幻想的なその城の一角で、白いカーテン越しに二人のシルエットが見えた。

必要最低限の物しかない簡素な部屋。音と言えば時計の針がゆっくりと時を刻むだけの静かな部屋の中心に、シルエットの正体はあった。白い椅子に腰かける日々也と、その下で跪くデリック。酷く厳格な場の雰囲気は、まるでこれから何か重大な儀式でも行うかのようにさえ見える。

「失礼いたします」

恭しい動作で日々也の手袋に包まれた手がとられ、ゆっくりと、まるで壊れ物を扱うかのように手袋が外された。そこに現れたのは手袋の白に勝るとも劣らない白く、綺麗な手。スラリとした長い指は触れれば折れてしまいそうな印象さえ覚える。
彼はそのままその手を自らの口許へと運び、手の甲へと口付を落とした。

忠誠のキス。

「Psychedelic Dreams:02――サイケデリック静雄。私は今ここに、主君である貴方に永遠の忠誠を誓います」



***



「…そう言えば、ンな事もあったよなー…」
「どういう訳か…今のお前を見てもあの時の立派な姿は微塵も残っていないがな」

件の部屋で1年もの時を経て互いが出会った日を回顧しながら紅茶を啜る二人。
見た目こそ何の変りも無いが内面に関しては幾らからの変化があったようだ。

「別にいいだろ?長い付き合いなんだからフレンドリーに行こうぜ、フレンドリーに」
「それが主君に対する口の利き方か」
「主君、ねえ。…確かにそうだけど、この城にゃ俺とお前だけなんだぜ?一つ屋根の下で暮らしてンだからこれはもう同棲だろ」
「黙れ」
「ひっでーの。俺はこーんなに日々也の事を想ってるのに。お前は応えてくれねえなんて切なすぎるんスけど。だからいい加減、俺のものになれって、日々也」
「黙れと言っているのが聞こえないのか」

調子に乗った様子で己を指差しニヘラ、と笑う彼を日々也はいつもの調子で一蹴する。

一見してみれば非情にさえ思えるが、これが彼らなのである。
デリックは自分が彼を好きな事も、彼が自分を好きな事も自覚している。日々也もまた然り。
だがしかし、あくまで彼らは主従の関係。一年間もの間ずっと続けてきたその関係を変えるのは容易くない。彼らは互いに、主従と言う関係を抜け出し恋人となる事を望みながらもそれが出来ないままでいる。

そして日々也は知っていた。デリックが紡ぎ出す愛の言葉は率直に本心を曝け出せない彼の照れ隠しにすぎない、という事を。彼が真剣に物を言う時はその派手な見た目に合わぬ程厳格な雰囲気を纏うという事を。最初の誓いを交わした時も、自分の行動を彼が諌める時も、それだけは変わらなかった。だからこそ、彼はいつかデリックが真剣に愛の言葉を紡いでくれるのをずっと待っている。

「…日々也もさあ、俺の気持ち解ってンだろ?だったらいい加減オーケー出してくれよ。お前も俺が好きなんだから別にいいだろ?」
「……否定はしない。だが…まだ、承諾する気もない」
「…まだ、って事は今後そういう可能性はある、っつうこと?」
「まあ、そういう解釈もできなくはないな」

しかし待ち続けるのも辛いものがある訳で、日々也はカチャ、と音を立てて空になったカップを置きくと小さく呟いた。

「ただ、…これは…俺だけじゃなくお前の一生にもかかわる。だから…ふざけた調子じゃなくて、真剣に…お前の気持ちを聞きたい」

僅かに漂う、いつもとは違う空気。
普通ならば気まずさを与えるしかないそれも、デリックからしてみれば今告白すれば色よい返事を貰える確信と成り得る。
何せ、このような言葉が日々也口から漏れたのは初めての事だ。裏を返せばそうとも思える言葉に、デリックは意を決したかのように一拍もの間を置き、名前を呼んだ。

「日々也…」

俯いていた日々也の肩がピク、と跳ねると同時にカタ、と音を立てて椅子から立ち上がるデリック。一歩一歩、主人の元へ歩み寄り、その場に跪いた。

「失礼いたします」

早かったのは声か、行動か。彼は顎に指を絡めゆっくりと日々也の顔を上げさせ、その唇に自らの唇を重ねた。ん、とくぐもった声が驚いた様子の日々也の口から漏れる。しかし次の瞬間には唇は離れていて。

「Psychedelic Dreams:02――サイケデリック静雄。私は今ここに、主君である貴方に永遠の愛を誓います」

あの時と全く同じ行動、台詞。ただ一つ違うのは、今回のキスは唇に施されたという事。
頭が付いて行かず呆然とした様子の日々也にデリックはゆっくりとほほ笑んで見せる。
日々也が我に還ったのはそれからまた数拍程経ってからの事だ。

「…随分と、キザな事をしてくれるじゃないか」
「手の甲へのキスは忠誠の。唇へのキスは愛情。…俺がこんな小恥かしい事する程真剣だったんだから、今度こそオーケー貰える?」
「…俺の愛情で良ければ、くれてやる」

そしてそのまた数拍後、静かな部屋に小さなリップ音だけが響いた。







忠誠のキス、愛情のキス
(ひーびや、愛してる)
(…知ってる)







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